昨日、動画チャンネルにトイプードルの虐待映像を投稿したとして動物愛護法によって逮捕されたとニュースで観た。

同じく昨日、たまたま埼玉県の大宮行ったので、大宮様にお参りしたが、その裏側の緑地帯に小さな動物園があった。
無料であったのでちょっと寄ってみたが、小さな檻に入れられている動物を見ると心が痛むのは私だけであろうか・・・?
その中でやたら目を引いたのは、ブチハイエナであった。
ハイエナはライオンの食べ残しを食べているイメージであったが、実際はハイエナが仕留めた獲物をライオンが横取りしているらしい・・・
これが実に可愛い顔をしている。
檻の中を行ったり来たり、外を気にしている様子である。
本来であれば、日本の国土より広いサバンナに住んでいるのだが、こんな狭い空間でノイローゼになりそうである・・・
しかし、野生では常に空腹であるが、動物園ではそれは無いし、他の動物に襲われる心配も無い・・・
では、我々は飲み食いただで部屋に閉じ込められたら幸せなのか?
それって刑務所である・・・

ブチハイエナの大きさは、ドーベルマンやシェパードぐらいであったが、昨晩のニュースで逃げ出したドーベルマンが人を噛んだと伝えていた。
逃げ出したら動物が悪いのか?
勝手に連れてきて逃げたら殺すって、この考え方が動物愛護法違反だと思う。
そもそも、噛まれる奴が馬鹿である。
知らない犬を見て、手を出したり頭を撫でたら噛まれるに決まっている!!!
我々だって、見知らぬ奴にいきなり触られたら気持ち悪し、パニックになる筈だ!!!
噛まれることをするから噛まれるのであって、犬が悪いのではないのだ。
結局、身近な動物の犬のことを何も知らない、何も理解していないのが現状であり、お互いの不幸なのであろう・・・

さて、先日友人とバトルした。
「盲導犬や介助犬は、究極の動物虐待である」との私の意見に、「それは福祉で虐待で無い」である。

では考えてみよう。
ある日、空から遊星爆弾が降ってきて地球上が放射能汚染され、人類は地下都市を築き地下に避難していったが、人類に残された時間はあと一年となった。
その時、ガミラス帝国の太陽系方面冥王星司令官シュルツ大佐から連絡があった。
「ガミラスに隷属するか、さもなくば、デスラー総統から死を賜るであろう」
さて、ここで降伏したとしたら、地球人の法的人権は無くなり、ガミラス帝国の法により決まる。
ここで、奴隷となる人間、ペットとなる人間、軍人の道を目指す人間に別れる。

人間は首輪を付けられ、体内にマイクロチップを埋め込まれ、ガミラス風の服を着せられ、可愛がられるが、飼い主が飽きたら捨てられ、薬殺されてしまうのだ。
また、メクラのガミラス人の介護や老齢のガミラス人の世話をするのだが、やりたくないことを強要されるが、断ったら鞭で叩かれるか、銃殺されてしまう。
地球人はガミラス人のお情けで生きているのだが、これも文句は言えない。

これで幸せと言えるのか?
自分がこうなったらどうなのか?を常に想像して欲しいのだ。
そうすると争いごとも減るはずである。

昭和43年(1968)公開の"猿の惑星"を観て考えさせられた。
チャールトン・ヘストン演じるテーラー船長が、猿が支配する世界で苦悩するのだが、その世界では人間は害獣であり、彼も見た目は"人間"であるので、捕まり檻に入れられる。
そして、「去勢しよう」という獣医の話を聞いて脱走するのだが、猿の街に逃げ大騒ぎになる。
そして網を掛けられ捕まってしまう。
子供の頃に観ていても理不尽を感じたのだ・・・

だが、同じことを他の動物に平気で出来る人間に未来はあるのか?

「犬は盲導犬になりたいのか?」ここが重要だと思う。

盲導犬や介助犬になることを強要している現実がある。
だからこそ、そういった犬に感謝せねばならない。
当たり前でなく、感謝なのだ!!!!