学生時代の日本史を思い出して欲しい。
飛鳥天平時代は、ロマンがあって面白く日本史の勉強が出来たが、最初の躓きが"荘園"であったが、解決出来たと思う。
次の分からなくなっていくのが、"法皇"とか"院"が出てくることであろう。

院様、法皇様であり、後鳥羽上皇、後白河法皇と言ったところが訳が分からないはずだ。

ではその前にちょっと彼らの時代より100年ぐらい遡る。
西暦で言えば丁度1000年ぐらいが、藤原道長を頂点する藤原氏頂点の時代だ。
では何故藤原氏は権力を持てたのか?
それは宿主に絡まったからである!!!
宿所とは天皇家であり、それに寄生し藤の枝を絡めることよって宿主を雁字搦めにして、本来国家に入るべき税を荘園というシステムを使って自らの口座に入れたのだ。

今で言えば、約100兆円の予算から内閣、財務省を牛耳って80兆円ぐらい懐に入れているのと同じだ。
20兆円しか税収が無ければ、大量な公務員の解雇と医療費もカットされる。
その結果、警察官がいなくなり、教育も医療も無ければ、国民生活はどうなるのか?
想像してみれば、平安時代が如何に恐ろしい世界だか分かるはずだ。
今の東京から警察が無くなったらどうなる?
しかし、自分たちを守るシステムは構築している。
傭兵を雇う金はうなっているから、藤原一門は安泰だ。
藤原氏関係の賤民もそれなりの生活は保障されていたはずだ。

では、それほどの特権をどうやって得たのか?
それは天皇と外戚関係を持ち、摂政関白制度を作り上げたことである。
通常世界的に見れば摂政には皇族や王族がなる物である。
昭和天皇は大正時代に摂政として政務を執られいたし、今上帝がご病気の折には皇太子殿下が摂政として御政務当たられている。
安倍総理を初めとした政治家が摂政を務めることはあり得ないのだ!!!

藤原氏は天皇家をも凌ぐ権力を持っていたのだが、自ら天皇になることだけは出来なかったし、世界の常識のように天皇家を滅ぼして自ら皇帝を名乗ることも出来なかった。
そう、天皇家は天照大神の直系であって、これを冒すことは神々に逆らうことになるからである。
歴代幕府も天皇を裁くが、死罪はぜったに無かった。唯一島流しであった・・・

それでも天皇がご幼少の時に摂政になって、政務を代行することはまだ理解出来るが、ご成人してまで関白として政務を代行するという考えが理解出来ない・・・
しかし、ごくまれに藤原が外戚にならない天皇も誕生した。そうなると藤原の権力は落ちるので政争が激化したらしい。

では上皇、院、法皇とは?となるが、実はこれは天皇家一族が対藤原として考えた"リーサル・ウェポン"であった。
藤原が権力を手中に収められたのは、歴代天皇の外戚としてであったので、元天皇軍団を作ったのだ!!!
元天皇で現天皇を囲ってしまうのだ。
外戚と元天皇とどちらが上かは言うまでもない・・・

だから、同時代に複数の太上天皇(元天皇の総称)が存在して、藤原排除に動いていた。
その太上天皇の最高権力者を"治天の君"と呼び、治天の君の以降で朝廷が動いたのだ。
しかし、それも平清盛が登場するまでであった。

武家と公家とで争っても、勝負は最初から見えている。
アメリカ対日本以上の軍備の違いがあったと思って欲しい。

今まで"犬"とか"さぶらう"とか馬鹿にしていた新興勢力の武士が、だんだん知恵が付いていき、公家の言うことを聴かなくなり、朝廷を操る側に廻ったのが、平清盛である。

"平将門の乱"の失敗から学んだのだ。
日本から独立出来ないのならば、旧勢力を利用するという方法で政権を取ったのだ。
しかし、清盛の取ったその作戦は、対公家、対朝廷では成功した。
藤原一門に変わり平一門が、天皇の外戚となって実権を握ったが、計算違いあった。
それは同じように知恵と財力を付けた日本全国の武士軍団であったのだ。

彼ら武士軍団の願いはただ一つ!!!
自分たちの土地の所有権を法的に認めて貰うことであった!!!

つづく