この二週間どっぷりとシュミレーションゲームの"信長の野望"にどっぷりと浸かった。

前回も書いたが我々の日本地図は、鉄道、高速道路網から成り立ってることの気が付かされた。
ゲームをやってみて今年の目標は、信濃で私が武田家と死闘を演じた小諸城、村上義清が夢の後の砥石城、そして高藤城と巡ってみることである。
高藤氏や小笠原氏を選んで戦国を生き残ってもみたが、ゲームで分かったのだが、武田春信(信玄)は父信虎を駿河に追放して、甲斐一国を相続したときの絶望が手に取るように分かった。(実は昨晩武田家でやってみた・・・)

実は数年前に信虎侯が駿河に連れて行かれた道も辿ってみようと思っていたが、未だに現実になっていない。

武田家(甲斐)はまさに壺の中であるのだ!!!
周りに北条氏、今川氏と強大な大名家に囲まれているのだ。
だから、春信の北進策は間違ってはいなかった。
唯一の誤算は、長尾景虎(上杉謙信)の存在であったであろう。
だからどうしても現在の松本方面や佐久、小諸、小県へ行かざるおえないのだ。
現在高藤城は桜の名所として有名で、多くの観光客が訪れる名所となっている。
今なら山梨県民が、伊豆に観光に行くことは珍しくないが、戦国時代ならば命がけであった。

もし、信玄公が甲斐一国で満足していたら、必ず北条に潰されていた筈である。
事実、ゲームでは武田は北条か今川にやられている。
自分以外の諸大名家はコンピュータがデーターに基づいて戦っている。

昨日の武田信玄公でのゲーム進行は、富士吉田城の守りを固めて北条氏に備えながら、北上して海津城を落とし、高藤城、木曽、現松本になる深志城の小笠原氏を滅ぼし、小諸から砥石城まで占領してから軽井沢を超えて箕輪城周辺を取った。
別働隊は飛騨高山を占領してから、富山城を攻めて、越中、加賀、能登半島を手中に収める。
別動機動部隊が東北地方を蹂躙してあっという間に、南部家を屈服させていた。
信玄の御先手部隊は越前を一飲みにして、琵琶湖周辺を秒殺、名古屋平野もあっという間に平らげた。
織田信長の部隊すら吹っ飛ばす勢いであった。
何故か武田家はBGMが違っていて不気味である。
武田信玄上洛を迎え撃った徳川家康公の恐怖が分かった気がした。
足利家を京都から追い出し、近畿地方も平らげた。
そこで惣無事令を全国に発令して、日本統一である。

考えてみれば、信長の桶狭間での勝利も、コンピュータの確率から計算しても0に近かったことが分かる。
その証拠に、織田家は今川家か斉藤家に飲み込まれていることが多い。

詰まり、歴史とは奇跡の積み重ねと言える。
もし、過去で本当は助かった雑兵が殺されたら、今現在から一体人々の人間が消えてしまうのか?

私の御先祖様の一人が、武田家家臣でその後徳川家に吸収され、その子が神君公に可愛がられ親衛隊として大名に取り立てられた。
ゲームの中に自分の血が動いている!!!!
それと先祖の中に越後高田城構築に関わった武将がいるという。
松平忠輝公の重臣だったという人もいるというし、私の2世代前の前世は戦国大名だっと訊いた・・・

先祖の誰一人がもし戦で死んでいたら、今の自分は無いのだ。

たかがゲーム、されどゲームである・・・

戦国時代を生き残った我々に乾杯