今回は、アニメ版アルプスの少女ハイジについて考えてみた。
何故なら、先週ひょんな事から、アニメ版を一話から最終回まで観てしまったのだ。
そして、最終回のに「クララが来週の春にアルムの山に来る」と言う感じで終わった。

昨日寝るときに、何故かその後のことが頭に浮かび、なかなか寝付けなかったので、その憂さ晴らしもかねてこれはあくまで私の個人の想像であるが、限りなく現実に近いと思う・・・

先ず、腹が立ったのが、ペーターのババアだ!!!
子供の頃は「ハイジを連れて行かないで」とお婆さんが涙するシーンにもらい泣きもしたが、今考えると「単なる身勝手!!!」である。
貧乏な目暗ババアが、一日糸車で糸を紡いでいるだけの人生に、ハイジだけが私の生き甲斐的発想だが、これってあくまで自分のためで、ハイジ自身の将来を考えていないとんでも無い人間だと分かる。
ハイジの人生を考えたら、涙を流しながら「お前はフランクフルトへ行くべきだ」と諭してやるのが年長者の貫禄というものだ。

まあ、無学文盲の奴らに語っても詮無きことか・・・

では昨日うつつの中で考えた結論だ。
先ず、ハイジとクララの年の差だが、多分四歳である。
初めてクララの屋敷に行ったとき、クララお嬢様は十二歳だとロッテンマイヤー女史が言っていたし、デーテ叔母さんは敢えて歳を誤魔化していったが、ハイジは私八歳と言っている。
ではペーターとハイジの年の差だが、ハイジが十歳でデリフリ村の学校へ行っていたとき、ペーターが先生に本の朗読をさせられていたが、満足読めなかったとき先生が「お前は本当なら小学六年生なんだぞ」という台詞があった。
詰まりペーターはハイジより二歳年上となる。

クララ十五歳、ペーター十三歳、ハイジ十一歳というのが、クララが初めて山に来たときの歳であると推察される。

ハイジは結局フランクフルトに約2年いたことになる。
最初はアルファベットすら読めず書けずが、ペーターの家で聖書らしき物を婆さんに朗読してあげられるほどになっている。
やれば出来る子であることは間違いない。

では、山に来た時点で来年来ると言っていた。
クララは間違いなく山に来たであろうし、自らの脚で山の牧場までいったりと大地を踏みしめていたに違いない。
では、その次の年はどうか?
その冬に詰まりクララ十六歳に冬だが、フランクフルトで一二を争う金持ちのお嬢様だから、歩けるし健康になったとしたら、ドイツかフランス、若しくはイギリスの寄宿女史学校へ入学させるはずである。
クララはそこで大勢の友人にであうはずだ。
そこで夏休みに友人等とまあ女性4人から6人でハイジの元へ行くはずだ。
クララはハイジが好きであるし、ある意味恩人でもある。
だから友人としてでは無く殆ど姉と妹の関係に思っていると推察する。

そこで、ハイジはヨーロッパの同年代の金持ち娘達と会い、新しい世界を見つける。
ハイジのおじいさんは、元軍人であることは間違いないが、私は軍医か衛生兵であったと思える。
クララの脚のリハビリのやり方が、的確であったと思えたからだ。

私の友人はおじいさんとクララのお祖母さまが結婚すれば良いのにと言っていたが、それも有りかも知れないが、難しい現実がある・・・
だが、ペーターは山羊飼いを辞めておじいさんの弟子として木工技術の勉強をするはずである。

ハイジの冬の家として空き屋を無料で借りていた設定であったが、私はゼーゼマン家があの家を購入し改築してハイジにプレゼントしたと思っている。
クララが長期山に行くことを思えば、安い買い物であろう。

詰まり、女子学院の女生徒と旅行へ行ったときはそこをベースにして違う山まで脚を伸ばしとも考えられるし、レマン湖辺りまでいってホテルで過ごしたかも知れない。
次第にハイジは山小屋での生活に限界を覚えるはずだ。
第一、おじいさんだっていつまでも生きているわけで無く、山羊に乳搾りとチーズが作れるだけでは、残されたハイジは性格出来ない筈だ。
クララはハイジに同じ学校へ来て欲しいし、ハイジも未知なる世界を見たり勉強したいと思っているはずだ。
誰しも、子供の頃は親元が一番だが、成長すれば巣立つものだ。

最終的にはハイジは、ゼーゼマン家の養女となりクララは姉妹となり、充実した青春を送り幸せになりました。
その後も姉妹で夏はデリフリ村の別荘(元冬の家)で過ごし、おじいさんやペーターとも親睦は変わらずに続いたのである。
めでたしめでたしである。

ああ、スッキリと眠れた