佐藤一斎とう人物を御存じであろうか?

彼は安永元年(1772年11月14日)岩村藩(現岐阜県岩村市近辺)家老佐藤信由の次男として江戸の浜町の藩邸で生まれた。
寛政5年(1793年)藩主の三男乗衡が公儀儒官の家柄である林家に養子として入ったときに共として付いていき、昌平坂学問所に入門した。
この昌平坂学問所は現在の筑波大学やお茶の水女子大の元であり、現湯島聖堂の場所にあった。
天保12年(1841年)御歳69歳で昌平坂学問所儒官に命じられ、儒学から陽明学まで精通していて、仲間内からは"陽朱陰王"と呼ばれていたという。

この頃、日本全国で藩校ブームに火が付き、試験制度も設けられた。
佐賀の鍋島藩などは、試験に受からねば家禄没収までヒートしたらしいが、これに苦言を呈したのが、当の佐賀藩士大隈重信侯であった。
過度の試験は没個性を生み、止めた方が良いと言ったという・・・

さて、佐藤一斎は40代の頃から日記のような感じで日々思ったことを書き綴った"言志四録"なるものがある。
有名な所で「若くして学べば、則ち荘にして為すことあり、荘にして学べば、則ち老いて衰えず、老いて学べば、則ち死して朽ちず」というものがある。
平成13年に時の総理大臣小泉純一郎が衆議院での教育関連法案の審議中に語って話題となった。

この語録の中で私が気に入ったのは「人に何かを頼めば今忙しいから時間が無いというが、この忙しいというのは10の内2つぐらいで、無駄なことをするために忙しくなっているだけだ」といってる。
現代でも通用するのが面白い。

というよりも、人間は成長していないと言うことに笑えるのだ。
昔読んだのだが、何に載っていたのかは忘れたが「最近の若い者はダメだ」的な事が枕草子だか徒然草みたいなに載っていた。

千年前からも「最近の若い奴は・・・」であった。
そうそう、古代エジプトの文献にも「最近の若い奴は・・・」が書かれていたという。

人間の言い訳や歳を取った人間から若者を観ると、自分の若い頃をさておき文句を言いたくなるのも面白い。

佐藤一斎の門下生は三千人を超えていて、その中から世界情勢を観て明治維新を成功させた人々も数多くいた。
やはり福沢諭吉翁の言う通り「国にとって一番大切なものは教育である」は間違ってはいない。
一斎は安政6年9月24日(1859年10月19日)88歳で死去した。

因みに、江戸幕府は世界情勢は常に知っていて、それ相応な対応をしていた。
フランス革命も知っていたし、阿片戦争もしっていてイギリスに清国が敗れたこともしっていたし、アメリカ合衆国もしっていた。
だから、下田沖に黒船が来ても、実は歴史で習ったよりも焦ってはいなかった。
アメリカの法律も知っていたから、ペリーが攻撃出来ないこともしっていたのだ。
何よりも、公儀隠密が黒船に忍び込んでいて、色々と持ち帰っている。
この時点で、もしペリーが日本を攻撃しようとしていたら、幕府は忍者に黒船の全乗組員暗殺も簡単に出来たと言うことだ。

日本は特定アジア気狂い三国と違う歴史を辿ったのは、国民全員が最低限の教育(読み書き算盤)があって、有識者や役人が柔軟に対応出来、好奇心旺盛であった事である。

"懐が深い日本"と感心すると共に誇らしくすらなる。
それに比べると今の日本は情け無いと思えるのは私だけであろうか?

頑張れ日本人!!!