いよいよ明日、旅に出ます
何故越後か?というと、越後にいる霊能者の先生から、2代前の前世は戦国大名であると言われた。
「それも現代の日本人の殆どが知っている人物であるが、名前を忘れた・・・」と言われてしまった。
数日前にある高僧に私の先祖を見て貰った。
怖いのが何も言っていないのに武士である事を当てた!!!
子供の頃本家の叔父の仏間で、私より4代前の先祖の写真を見たことがある。
髷を結っていて裃を着て腰に刀大小を差していたのだ。
「その先祖を遡っていくと、高田城を築城した殿様縁の方だ」ただし、彼もその方の名を忘れたと言っていた・・・
ネットで調べると高田城を築城したのは"松平忠輝"であった。
松平忠輝公は、東照神君家康公の六男として生まれ、奥州伊達政宗侯の娘婿であった方だが改易されて不遇の人生を送った方だ。
父方の姓も日本では60数世帯しかおらず珍しいのだが、越前福井に私の名字の村と山と神社があった。
我が先祖は越前朝倉一門で、織田信長に攻め滅ぼされ越前から越後の長尾景虎侯を頼って能生へ逃れた・・・
だから、今回の旅の目的地は能生なのだ!!!!
「花は桜に人は武士」と言った。
武士が人で有り、それ以外は虫螻的考え方が、欧米や中国や朝鮮と違うのは、武士は偉い、それ以外は人にあらずだが「偉いからこそ百姓町人の模範となり、彼等の生活を保証しなければならない」という概念が日本には古来よりあった。
だから「天変地異は天子への戒め」と言われてきたのだ。
「武士は食わねど高楊枝」これが私の座右の銘である。
大日本帝国は世界で初めて人種差別撤廃と人類平等を唱えた最初の国家であった。
事実、第一次世界大戦の講和条約であるベルサユウ条約で、大日本帝国は人類平等を盛り込むことを提案したが、これを拒否したのは議長国で会ったアメリカであったのだ。
話は逸れたが、先祖と前世は越後に関わっているらしい・・・
だから新潟なのだ!!!
昔から不思議だが、新潟が心の故郷のような気がしていた。
実は一代前の前世はアメリカ人であった。
南部の煙草畑の大農場主であったという。
だから、アメリカに心が帰ろうとしているという・・・
今回の旅で、何らかの心の癒やしを見付けられることを期待しているし、先祖が参勤交代でやってきた三国峠をベスパで越えることが懐かしい感覚を受ける。
実は旅人というのは、遠くへ行くだけでなく、近場であっても遣り方次第では大冒険へなるものである。
つい40年前は箱根へ行くのも大旅行であったという・・・
200年前なら命をかけた大冒険であったのだ!!!
同じ旅をどれだけ楽しめるかが人生の奥行きであると信じている。

何故越後か?というと、越後にいる霊能者の先生から、2代前の前世は戦国大名であると言われた。
「それも現代の日本人の殆どが知っている人物であるが、名前を忘れた・・・」と言われてしまった。
数日前にある高僧に私の先祖を見て貰った。
怖いのが何も言っていないのに武士である事を当てた!!!
子供の頃本家の叔父の仏間で、私より4代前の先祖の写真を見たことがある。
髷を結っていて裃を着て腰に刀大小を差していたのだ。
「その先祖を遡っていくと、高田城を築城した殿様縁の方だ」ただし、彼もその方の名を忘れたと言っていた・・・
ネットで調べると高田城を築城したのは"松平忠輝"であった。
松平忠輝公は、東照神君家康公の六男として生まれ、奥州伊達政宗侯の娘婿であった方だが改易されて不遇の人生を送った方だ。
父方の姓も日本では60数世帯しかおらず珍しいのだが、越前福井に私の名字の村と山と神社があった。
我が先祖は越前朝倉一門で、織田信長に攻め滅ぼされ越前から越後の長尾景虎侯を頼って能生へ逃れた・・・
だから、今回の旅の目的地は能生なのだ!!!!
「花は桜に人は武士」と言った。
武士が人で有り、それ以外は虫螻的考え方が、欧米や中国や朝鮮と違うのは、武士は偉い、それ以外は人にあらずだが「偉いからこそ百姓町人の模範となり、彼等の生活を保証しなければならない」という概念が日本には古来よりあった。
だから「天変地異は天子への戒め」と言われてきたのだ。
「武士は食わねど高楊枝」これが私の座右の銘である。
大日本帝国は世界で初めて人種差別撤廃と人類平等を唱えた最初の国家であった。
事実、第一次世界大戦の講和条約であるベルサユウ条約で、大日本帝国は人類平等を盛り込むことを提案したが、これを拒否したのは議長国で会ったアメリカであったのだ。
話は逸れたが、先祖と前世は越後に関わっているらしい・・・
だから新潟なのだ!!!
昔から不思議だが、新潟が心の故郷のような気がしていた。
実は一代前の前世はアメリカ人であった。
南部の煙草畑の大農場主であったという。
だから、アメリカに心が帰ろうとしているという・・・
今回の旅で、何らかの心の癒やしを見付けられることを期待しているし、先祖が参勤交代でやってきた三国峠をベスパで越えることが懐かしい感覚を受ける。
実は旅人というのは、遠くへ行くだけでなく、近場であっても遣り方次第では大冒険へなるものである。
つい40年前は箱根へ行くのも大旅行であったという・・・
200年前なら命をかけた大冒険であったのだ!!!
同じ旅をどれだけ楽しめるかが人生の奥行きであると信じている。