旅というと電車や飛行機を思い浮かべる。又は車で行くかオートバイで行くというのが一般的であろう。

江戸時代までは旅人いえば、通常は徒歩である。
昔の人は一日で10里歩いたという。

さて、今回私は敢えて過酷な旅を企画した。
夏に買ったベスパLX1259-3vで、越後への旅路を行こうと思った。
目的地は"能生"である。
何故能生かというと父方の祖母がその地の出だと訊いていたのと、小学生の頃に家族で行った記憶があるし、父の従兄弟家にお邪魔し、皆でモノポリーゲームをしたのを覚えている。

不思議なのが数年前から北陸道を通る度に"能生"という字を見る度に気になっていたのだ。

夏にハーレーオフィシャルイベントが能登半島の和倉温泉で行われたときも、関越自動車道から長岡JCTを経て北陸道を通った折にも"能生"の文字が気になっていた。

ハーレーやBMWで行くと、6時に家を出れば10時頃には能生に行ってしまう。

そこで旅にも2種類あると気が付いた。
目的地があってそこへ行き、そこを楽しむ方法と、目的地に行く途中も楽しむ方法である。
車やバイクでは速度が速すぎるため、途中途中を楽しむことは難しいのが現実だ。
何故なら、目的地付近まで高速道路を利用してしまうからである。
今回は、125ccの為高速道路が利用出来ないのだ。

石神井を出発して先ずは大宮の氷川神社を目指し、今回の旅の安全祈願をする。
氷川神社は武蔵国の一宮で、昔から巨大であたっために"大宮"と呼ばれていた。
これが地名となったのだ。

大宮からは17号線(中山道)を永遠に行き、高崎から西に逸れ箕輪城跡を目指す。

ここは旧北条氏の家臣和田氏の居城であったらしいが、小田原征伐の折に徳川家家臣の井伊直政によって滅ぼされたという。
この城を復旧中に高崎城の築城を始めていたという・・・

確かに山城とは戦国時代ならともかく、天下太平には向かない。
城を中心とした町作りが出来ないからだ・・・

何故か箕輪城に引っかかりがあったので、今回行ってみることにした。
箕輪城を後にすると北上して月夜野で再び17号線に合流する。
ここは既に三国街道である。
三国峠を通り苗場に至りそこから越後湯沢へと下っていく。

一日目は越後湯沢を目指す。
約205㎞であるが、昔の人の速度に近いスクーターだからこそ、新しい発見があるとドキドキするのだ。

実は大型バイクは走り出せば快適なのだから、車庫から出したり、いざ乗るまでが一苦労である。
身長182cmの私でさえそう思うのだから、よのジジイ共の苦労は計り知れない・・・
それと、乗るまでも大変だが、止まるのも大変である。
「あッ、ここ面白そう」と思っても、おいそれとは止まれない、Uターン出来ないのだ!!!
駐車するスペースも気になるし・・・
得に私のハーレーだと気を遣う・・・

さて、この続きは明日にしよう。