久しぶりに黒澤明監督の影武者を観ている。
最後の"長篠の戦い"で、武田騎馬隊が織田徳川連合軍の最新の戦術(天正三年当時)で壊滅してしまうのだ。
その圧倒的な迫力に魅入ってしまう。

余談だが、長篠の戦いで信長公が用いた三段構えの鉄砲撃ちも誤解がある。
当時の屏風絵に鉄砲隊が三列に並んでいる絵があるが、これはあくまで絵であって実際は違う。
銃を撃ったことがない奴は分からないと思うが、もし参列もしくは五列横隊において次々に撃ったというのはあり得ない。
何故か?
銃を撃つのは敵を殺すためである。その為には撃つ的をあらかじめ決める必要がある。

詰まり、通説通り鉄砲を3000丁用意したとしたら、一チーム五人で鉄砲五丁を配る。
すると600分隊が出来る。
撃ち手は一人で、後は銃身内の掃除、火薬入れ、玉込め、そして狙撃手に手渡す係からなる。
狙撃手は撃ったらその銃を掃除係に渡し、手渡す係から新たなる銃をもらう。
狙撃手は常に敵を定めているため、このやり方ならば、満遍なく撃ち続けることが出来る。

それと織田家以外の大名家は、鉄砲は使えないと思っていた。
一発撃ったら二発目を撃つまで時間が掛かるので、あくまで前線の予備的兵力としか使えなかった。
それと高価な鉄砲を買ったり作らせたりしても、火薬が手に入らない。
当時火薬は輸入していたが、国際貿易港は全て信長公が押さえていたのだ!!!!
詰まり、長篠の戦い以降もその戦術は知っても真似が出来なかった。
日本で唯一手に入らなかったのは確か硝石であったが、後に人間のオシッコから採取出来ることが分かるのだが・・・

さて、今回のトピックは、戦国時代最強と言われていた武田騎馬軍が実は存在していなかったという・・・ことを検証してみよう。

馬も、現在我々の知っているサラブレッドのような大型でなく、ポニーの様な小型であって、それに100kg(甲冑を着けて)の大の男が乗って戦場を駆け抜けられるのか?である。
丁度身長182cmの私が、ベスパに乗っている絵図らである。
HarleyやBMWの様な大型バイクならば絵になるが、ベスパだとちょっと・・・と良く言われるが・・・

しかし、実際はポニーより一回り大きいモンゴル馬であったと言われている。
又、馬の数も馬場信春の500騎を筆頭に山形昌景300騎と少ないと言われ、武田軍で6000騎がせいぜいであったという・・・
20000人の軍勢で6000騎とは少なすぎる。
戦場で馬が全力で走れるのはせいぜい1500mだとか・・・

無知な奴らに言わせておけば良い。
それにこの馬の実験ってポニーでやっているから、流石NHKだ!!!

高田馬場という地名、石神井のある練馬という地名、ちゃんと戦闘馬は訓練しているんだよ!!!と言ってやりたい。

それに鉄砲の射程距離が100m、弓矢がせいぜい300mとすれば、その圏外から全速力で来ればあっという間に敵陣突破だ!!!

たとえば、熊狩りに行って10m以上離れていて熊を撃って打ち損じたら次の瞬間熊は目の前にいるから!!!!

だから、戦いを知らない素人は武田騎馬隊と言ったら全てが馬に乗っていなければならないと思っている。
今も昔も最終決戦は歩兵である。

戦術としては、騎馬隊で中央突破させて敵陣の混乱に乗じて槍兵で攻撃か、古来より勝利の定石包囲殲滅作戦ならば、歩兵に敵の中央を押させる。
その隙の両脇の騎馬隊が敵の側面から攻撃をして、最終的には袋のネズミにしてしまう。
詰まり、現代戦ならばこの歩兵は戦車部隊で騎馬隊はヘリコプター部隊となる。

考えてみよ。30㎏近い鎧を着てどれだけの速さで走れるのか?
仮に馬が時速20㎞で走れれば、これは"速い"のだ。

それに騎馬隊は速さと破壊力である。
生身の人間に、馬が突っ込んで来るのだ!!!
その破壊力と恐怖感は想像に苦しくはない。

現代はチャリンコにぶつかっても死者がでるのであるから、ベスパにぶつかっても死ぬはずだ!!!
それが鎧武者が乗っている馬だ!!! サラブレッドよりは小型でも突っ込まれたらひとたまりもない。
それも6000騎が突っ込んできたら!!!!

映画で信長公が白い馬に乗っているシーンが良くあるが、あれは真っ赤な嘘である。
TV時代劇暴れん坊将軍で吉宗が白い馬に乗っているが、あれは本当である。
吉宗公はアラブ種(白い馬)を確か4頭購入している。
そして日本の駿馬の産地南部に馬を渡して良い馬を作れと命じたという。
そもそも江戸時代は鎖国していないから!!!
していたら白い馬など買えないし、その上象まで買って庶民に見せているのだ。
それに、前にも書いたがマリー・アントワネットの嫁入り道具に輪島塗の漆器類があったし、ヨーロッパの貴族が喉から手が出るほど欲しい買った古伊万里の壺類も輸出していた。

そして、陶磁器類が割れないようにくるんでいてのが、"浮世絵"であった。
最初はゴミ程度に思っていたヨーロッパ人もその"包装紙"が芸術品だと気が付くまでそう長くは掛からなかったろう・・・
フランスのルノアールを初めとした印象派の画家達に多大なる影響を及ぼしたことは世界の常識である。

ああ、結局日本は歴史教育嘘ばかりか・・・

つづく