昨日何かで見たのだが、"汚名挽回"という四字熟語が正しいという。
"汚名返上"、"名誉挽回"ならば知っていたが、汚名挽回も意味的にはおなじでる。

言葉の使い方につても馬鹿な知識人や無能マスコミも"怒り心頭に達する"は、間違いえで、"怒り心頭に発す"が正しい。
しかし、日本人の70%以上が「怒りは達する」と使っていれば、それが正のが、言葉である。
「貴様」だってつい60年前までは普通に相手のことを指して使っていたが、今ではいきなり言ったら喧嘩になってしまう。

日本には口語と文語があり、その昔と言っても明治時代までは大きな違いがあったという・・・
文語は平安時代から余り変わっていなかったというから驚きである。
だから、明治の文豪の小説は読み辛かったわけだ。

それを一致させたのは二葉亭四迷だと今朝TVで知った。
彼が居なければ未だに口語と文語を勉強せねばならなかったのかも知れない・・・
詰まり、どの文豪よりも二葉亭四迷の功績は、文化勲章物と言える。
口文一致の現在ならばそれが常識であるが、非常識であった時期にこれを行った人は凄いことを、我々は忘れている。
前日読んだことだが、ジョナス・ハンウェイというイギリス人いた。
その昔、イギリスでは雨にびしょ濡れになることが男で有り、紳士であったらしい。
しかし、彼は濡れるのが嫌で傘をさしたという。
人々から変人扱いされたが、今では傘を持つ事は紳士のたしなみとなっている。
世の中を変えた張本人って以外と忘れ去られるものである・・・

口語は、方言があるから東京からちょっと離れれば言葉が違って楽しい。
子供の頃は、方言を田舎者として笑っていたが、今にして思えばそれは文化であって良いものである。
聞いた話だと、京の都から離れれば離れるほど、万葉語が残っているという。
今では東京弁が標準語となっているが、実は東京弁と江戸弁は違う。

戦後、何処の馬鹿学者共が日本語を殺した。
"ヸ"と"ヹ"を消し去った。
ヤ行とワ行のイエを消した。
実は発音が違う。だからヺは残った。
恵比寿は"エビス"でなく"ヱビス"である。

どこかの大学だったと思ったが、子供に初代ウォークマンを渡して、これは何か?どうやって使うのか?をやらせてみた。
多くの子供は、それが音楽を聴く物だと分からず、分かった後でもカセットを入れることがなかなか出来なかったという。
ガキ共の言い分は「カセットがめんどくさい」が多かった。

結局、ものが単純になれば使いやすくなるが、同時にそれを使う人間が馬鹿になっていく。
文明の進歩と人間の退化は、原因と結果とと言うべき物であろうか?