先日、JR横浜線踏切内で、動けなかった年寄りを助けに行って、代わりに事故死にあった村田奈津恵さんが、ニュースになっている。
彼女は、行いは馬鹿で身勝手となった日本人に一石を投じている。
これこそ、武士道に通ずる自己犠牲の境地である。
戦前の日本人は、正に多くの人々が持っていた美徳であろう。
しかし、バブル期以降、自分勝手、中途半端な自己主張の固まりとなった日本人が、忘れている心である。
何故、中途半端かと言うと、自己主張には、責任が伴う。
しかし、その責任すら取れずに行う自己主張は、単なる我が儘である。
子供の頃、「人に迷惑を掛けるな」と教わった。
しかし、当時の私は、人間とは生きているだけで、他人に迷惑くを掛けてるものだと言って、学校の教師と戦っていた記憶がある。
インド人は、こう教えるらしい。
「お前も人に迷惑を掛けているのだから、他人に対して寛大になりなさい」
正に、これである。
村田さんの自分の命を捨てて他人の命を助けた行為、まあ、彼女人身、踏切に入ったときは、そこまで考えていなかったと思うが・・・
いざと言う時、目の前で死んでいく人を黙ってみていられず、思わず助けてしまったのであろう。
ミイラ取りがミイラになったと言う奴もいるし、自分の子供に人のために何かしろとは言えなくなったととか、馬鹿なことを言う馬鹿が未だいる!!!
人間、100%死ぬのだ!!!
問題は、どう死ぬかである。
彼女の死は、日本人1億2千万人の心に響いた。
これだけでも、大した物である。
無駄に生き、呆けるか病気で、管だらけで死ぬか、人々に惜しまれながら死ぬかだ!!!!
この話を聞いて、私はお釈迦様のことを思い出した。
お釈迦様が、悉達多(したるた)王子としてお生まれになられる前、修行僧として山中を歩いていると、腹を空かせて乳も出ず、子供共に死にそうな狼にである。
修行僧は、自らの身体を与え、狼一家を助けた。
その次の人生でも、同じ修行僧として生まれてきて、今度は腹を空かせた虎にであった。
修行僧は、その虎に自らを与えられた。
人間の行動は、仏に与えられた試練によって評価される。
村田さんは、正に御仏によって与えられた修行を見事クリアーした感がある。
本当に、このまま日本人の心が荒んでいくと、国が滅びる。
自分勝手な奴が増えると、亡国に近付くのだ。
今一度、日本人としての美徳を考える切っ掛けとなったのでは無いか?
しかし、一番の悪は、JR東日本だ!!!
以前から事故が多発している踏切を放っておくのは、悪徳と言わざるおえない。
痴呆症で徘徊していた年寄りが、線路内に入って電車に轢かれて死んだ。
鉄道会社は、死んだ年寄りの家族に損害賠償を請求し、馬鹿裁判所は、遺族に720万円だかの支払い命令を出した。
これって、全て遺族の責任か?
なら、呆け徘徊老人には、首輪をして繋いでおけと言うのか?
座敷牢に閉じ込めよと言うのか?
そうなればなったで、老人虐待とかいって騒ぐ!!!
ならば、呆け老人を抱えた家族には、死ねというのか!!!!
政府が、地域社会が、呆け老人対策を講じず、全てを個人に押し付け、介護に疲れ爺婆を殺してしまう地獄絵図が跡を絶たない。
私は、これらを"政府による未必の故意事件"と名付けた。
こうなれば、呆けている奴らの収容所を作るしかない!!!
島でも良い。
日本中から呆けと診断された奴らを収容する施設を作るべきだ。
これは、高齢化社会の日本が、避けては通れぬ問題である。
馬鹿なことばかりしていないで、仕事しろ政治家共!!!!と言っておく。
彼女は、行いは馬鹿で身勝手となった日本人に一石を投じている。
これこそ、武士道に通ずる自己犠牲の境地である。
戦前の日本人は、正に多くの人々が持っていた美徳であろう。
しかし、バブル期以降、自分勝手、中途半端な自己主張の固まりとなった日本人が、忘れている心である。
何故、中途半端かと言うと、自己主張には、責任が伴う。
しかし、その責任すら取れずに行う自己主張は、単なる我が儘である。
子供の頃、「人に迷惑を掛けるな」と教わった。
しかし、当時の私は、人間とは生きているだけで、他人に迷惑くを掛けてるものだと言って、学校の教師と戦っていた記憶がある。
インド人は、こう教えるらしい。
「お前も人に迷惑を掛けているのだから、他人に対して寛大になりなさい」
正に、これである。
村田さんの自分の命を捨てて他人の命を助けた行為、まあ、彼女人身、踏切に入ったときは、そこまで考えていなかったと思うが・・・
いざと言う時、目の前で死んでいく人を黙ってみていられず、思わず助けてしまったのであろう。
ミイラ取りがミイラになったと言う奴もいるし、自分の子供に人のために何かしろとは言えなくなったととか、馬鹿なことを言う馬鹿が未だいる!!!
人間、100%死ぬのだ!!!
問題は、どう死ぬかである。
彼女の死は、日本人1億2千万人の心に響いた。
これだけでも、大した物である。
無駄に生き、呆けるか病気で、管だらけで死ぬか、人々に惜しまれながら死ぬかだ!!!!
この話を聞いて、私はお釈迦様のことを思い出した。
お釈迦様が、悉達多(したるた)王子としてお生まれになられる前、修行僧として山中を歩いていると、腹を空かせて乳も出ず、子供共に死にそうな狼にである。
修行僧は、自らの身体を与え、狼一家を助けた。
その次の人生でも、同じ修行僧として生まれてきて、今度は腹を空かせた虎にであった。
修行僧は、その虎に自らを与えられた。
人間の行動は、仏に与えられた試練によって評価される。
村田さんは、正に御仏によって与えられた修行を見事クリアーした感がある。
本当に、このまま日本人の心が荒んでいくと、国が滅びる。
自分勝手な奴が増えると、亡国に近付くのだ。
今一度、日本人としての美徳を考える切っ掛けとなったのでは無いか?
しかし、一番の悪は、JR東日本だ!!!
以前から事故が多発している踏切を放っておくのは、悪徳と言わざるおえない。
痴呆症で徘徊していた年寄りが、線路内に入って電車に轢かれて死んだ。
鉄道会社は、死んだ年寄りの家族に損害賠償を請求し、馬鹿裁判所は、遺族に720万円だかの支払い命令を出した。
これって、全て遺族の責任か?
なら、呆け徘徊老人には、首輪をして繋いでおけと言うのか?
座敷牢に閉じ込めよと言うのか?
そうなればなったで、老人虐待とかいって騒ぐ!!!
ならば、呆け老人を抱えた家族には、死ねというのか!!!!
政府が、地域社会が、呆け老人対策を講じず、全てを個人に押し付け、介護に疲れ爺婆を殺してしまう地獄絵図が跡を絶たない。
私は、これらを"政府による未必の故意事件"と名付けた。
こうなれば、呆けている奴らの収容所を作るしかない!!!
島でも良い。
日本中から呆けと診断された奴らを収容する施設を作るべきだ。
これは、高齢化社会の日本が、避けては通れぬ問題である。
馬鹿なことばかりしていないで、仕事しろ政治家共!!!!と言っておく。