中学生の頃、日本の歴史に興味を抱き初めて、何時かは出雲大社に行きたいと思いながら、早30年以上が過ぎてしまったが、大遷宮の年に行ったのは、大国主命のお導きであろうか?
私の先祖は天照大神らしいから、実は出雲は敵国である。
因みに西海道(九州)も縁起が悪く、未だに上陸していない。
でも、邪馬台国は、九州の大分県にあったというのは実は歴史を紐解けば分かることであるが・・・
邪馬台国は、馬鹿中国が魏志倭人伝に書いたことだが、この漢字を見ると卑しい野蛮人と見て取れる。
これを古代中国語で発音すると「やまど」となる。
だから、邪馬台国は大和国である。
そして、"卑弥呼"これも阿呆中国人が、倭人の発音にわざわざ卑しい漢字を当てたのだ。(奴らの考え方は、2000年経っても変わらない・・・)
でも、日本人としては"ひみこ"と訊けば、どの字を当てるであろうか?
私ならば"陽巫女"とか"日神子"である。
まあ、古事記から見ても、神々は九州を作ったことは分かっている。高千穂だったかな。
ここから、畿内へ移動した。
理由は、九州は、現在でもそうだが、台風が来るは、大雨で崖崩れ、大洪水と自然災害が多い!!!
それに、阿蘇山が噴火していたのであろう。
だから、より安定した畿内地方へ移住したのは、想像に苦しくはない。
しかし、畿内地方は、既に出雲国の支配下であった。
因みに諏訪湖あたりも出雲の支配下であった。
諏訪大社は出雲系である。
古事記には国譲りの話が出てくる。
しかし、冷静に考えて、世の東西、古今を問わず、「国を譲れ」と言われて「はい、わかりました」という奴らは存在しない!!!
絶対に戦争に成ったはずである。
そこで、大和は出雲を騙し討ちにしたに違いない。
熊襲建(くまそたける)を成敗に、第12代景行天皇の皇子小碓命(おうすのみこと)は、兵を連れて九州へ行き、女装して熊襲建に近づき、酒を飲ませて酔った隙を見て殺してしまう。
それで「俺を殺すお前は凄い奴だ。これから私の名を取って日本武尊と名乗れ」と言って絶命するらしい。
しかし、これって卑怯者である!!!
女装して(小碓命は、美男子だったらしい)、酒に酔わせて不意を突いて殺すって、どうよ!!??
正々堂々、斬り合って熊襲建を討ち取ったならば、やられた側も納得して、「お前は強い」と言うであろうが、女装して隙を見て殺す奴に「お前は強い」と言うか?
「末代まで呪ってやる!!! 卑怯者!!!」と言うのが本当であろう。
これは実は、熊襲建で無く、大国主命に対して行ったのではないか?
確か、大和兵と出雲兵が信濃辺りで戦っているときに、和平交渉を大和側がして、兵を引く前の宴を催した。
その時、酒に毒牙はいっていたか、酔わせたかは忘れたが、とにかく酒の席で皆殺しにしたらしい。
その時、大国主命も一緒に首を取られた。
その時に、「お前等の子々孫々まで祟ってやる」と言われたらしい。
だから、出雲大社を建て、大国主命の御霊を今でも奉っている。
そして、10月我々は神無月だが、出雲は神在月であり、大和系の神々が集まって、大国主命の御霊を封じ込めている。
だから、出雲大社の注連縄は、逆向きである。
通常の神社は、魔や穢れが、外から神社内に入らないように、注連縄で封じているが、これが逆向きと言う事は、大社より何者かが出ないようにしているのだ!!!
日本人ならば分かることだが、今でも死んだ人を悪く言わない!!!
どんな極悪人でも。死刑になったら仏として弔う。
死体に唾掛けることは、決してしない。
何故か? 祟るからだ!!!!
昔の覚え歌にこうある。
「大屋を誦して謂う。雲太、和二、京三」である。
これは、日本で一番大きな建物は、一番は出雲大社の社殿、二番目は奈良の東大寺、三番目は京都の御所」である。
天皇のお住まいなられる御所よりも、出雲大社の方が大きいというのだ!!!
正に、祟りを恐れての出来事である。
日本人は、死者(特に憤死した人)に対して、気を遣うのだ。
だから六歌仙も、彼等の歌は決して上手くは無い!!!
あれ以上の人たちは、数多居る!!! だが、何故彼等が六歌仙なのか? 共通点は皆憤死している若しくは、家が滅んでいるのだ。
詳しくは、別の回で書くことにする。(長くなってしまう)
そして、更に落ちがあって、我々が本殿にお参りすると、大和の神二柱に祈っているのだ。
大国主命の御霊は西を向いているから、北を向いている社殿を正面からは祈ることが出来ない!!!
この二柱が、向かい合っているのだ!!!
恐ろしい・・・
須佐之男命が、天照大神を怒らせ、天の磐戸に入ってしまい、この世が暗闇なってしまう下りがそうだ。
又須佐之男命は、八岐大蛇を退治し、草薙剣を得たことも、日本人の常識だ。
訊いた話だが、この須佐神社の社家の須佐さんは、須佐之男命の末裔だという。
天照大神の末裔は、陛下である。
それを考えると、出雲は確かに神々の住まわれる国である。
式年遷宮の伊勢神宮に詣でることは、日本人として生まれてきたら、生涯に一度は義務らしい。
だが、本当の天皇家の先祖は、詰まり天照大神=卑弥呼は、別の場所におわすのだ。
それが、大分県にある宇佐神宮である。
これも、次回書くとする。
まあ、出雲も、伊勢神宮と共に日本人が行くべき聖地である事は、言う迄も無い!!!!
私の先祖は天照大神らしいから、実は出雲は敵国である。
因みに西海道(九州)も縁起が悪く、未だに上陸していない。
でも、邪馬台国は、九州の大分県にあったというのは実は歴史を紐解けば分かることであるが・・・
邪馬台国は、馬鹿中国が魏志倭人伝に書いたことだが、この漢字を見ると卑しい野蛮人と見て取れる。
これを古代中国語で発音すると「やまど」となる。
だから、邪馬台国は大和国である。
そして、"卑弥呼"これも阿呆中国人が、倭人の発音にわざわざ卑しい漢字を当てたのだ。(奴らの考え方は、2000年経っても変わらない・・・)
でも、日本人としては"ひみこ"と訊けば、どの字を当てるであろうか?
私ならば"陽巫女"とか"日神子"である。
まあ、古事記から見ても、神々は九州を作ったことは分かっている。高千穂だったかな。
ここから、畿内へ移動した。
理由は、九州は、現在でもそうだが、台風が来るは、大雨で崖崩れ、大洪水と自然災害が多い!!!
それに、阿蘇山が噴火していたのであろう。
だから、より安定した畿内地方へ移住したのは、想像に苦しくはない。
しかし、畿内地方は、既に出雲国の支配下であった。
因みに諏訪湖あたりも出雲の支配下であった。
諏訪大社は出雲系である。
古事記には国譲りの話が出てくる。
しかし、冷静に考えて、世の東西、古今を問わず、「国を譲れ」と言われて「はい、わかりました」という奴らは存在しない!!!
絶対に戦争に成ったはずである。
そこで、大和は出雲を騙し討ちにしたに違いない。
熊襲建(くまそたける)を成敗に、第12代景行天皇の皇子小碓命(おうすのみこと)は、兵を連れて九州へ行き、女装して熊襲建に近づき、酒を飲ませて酔った隙を見て殺してしまう。
それで「俺を殺すお前は凄い奴だ。これから私の名を取って日本武尊と名乗れ」と言って絶命するらしい。
しかし、これって卑怯者である!!!
女装して(小碓命は、美男子だったらしい)、酒に酔わせて不意を突いて殺すって、どうよ!!??
正々堂々、斬り合って熊襲建を討ち取ったならば、やられた側も納得して、「お前は強い」と言うであろうが、女装して隙を見て殺す奴に「お前は強い」と言うか?
「末代まで呪ってやる!!! 卑怯者!!!」と言うのが本当であろう。
これは実は、熊襲建で無く、大国主命に対して行ったのではないか?
確か、大和兵と出雲兵が信濃辺りで戦っているときに、和平交渉を大和側がして、兵を引く前の宴を催した。
その時、酒に毒牙はいっていたか、酔わせたかは忘れたが、とにかく酒の席で皆殺しにしたらしい。
その時、大国主命も一緒に首を取られた。
その時に、「お前等の子々孫々まで祟ってやる」と言われたらしい。
だから、出雲大社を建て、大国主命の御霊を今でも奉っている。
そして、10月我々は神無月だが、出雲は神在月であり、大和系の神々が集まって、大国主命の御霊を封じ込めている。
だから、出雲大社の注連縄は、逆向きである。
通常の神社は、魔や穢れが、外から神社内に入らないように、注連縄で封じているが、これが逆向きと言う事は、大社より何者かが出ないようにしているのだ!!!
日本人ならば分かることだが、今でも死んだ人を悪く言わない!!!
どんな極悪人でも。死刑になったら仏として弔う。
死体に唾掛けることは、決してしない。
何故か? 祟るからだ!!!!
昔の覚え歌にこうある。
「大屋を誦して謂う。雲太、和二、京三」である。
これは、日本で一番大きな建物は、一番は出雲大社の社殿、二番目は奈良の東大寺、三番目は京都の御所」である。
天皇のお住まいなられる御所よりも、出雲大社の方が大きいというのだ!!!
正に、祟りを恐れての出来事である。
日本人は、死者(特に憤死した人)に対して、気を遣うのだ。
だから六歌仙も、彼等の歌は決して上手くは無い!!!
あれ以上の人たちは、数多居る!!! だが、何故彼等が六歌仙なのか? 共通点は皆憤死している若しくは、家が滅んでいるのだ。
詳しくは、別の回で書くことにする。(長くなってしまう)
そして、更に落ちがあって、我々が本殿にお参りすると、大和の神二柱に祈っているのだ。
大国主命の御霊は西を向いているから、北を向いている社殿を正面からは祈ることが出来ない!!!


まあ、何かが居ることは確かだ・・・
だが、私的に、もっと恐ろしい場所に行った。

これは、出雲市駅から車で20km程行った所に、須佐神社がある。
上の写真は、天照神社である。
この向い側に、須佐神社がある。
この二柱が、向かい合っているのだ!!!
恐ろしい・・・
須佐之男命が、天照大神を怒らせ、天の磐戸に入ってしまい、この世が暗闇なってしまう下りがそうだ。
又須佐之男命は、八岐大蛇を退治し、草薙剣を得たことも、日本人の常識だ。
訊いた話だが、この須佐神社の社家の須佐さんは、須佐之男命の末裔だという。
天照大神の末裔は、陛下である。
それを考えると、出雲は確かに神々の住まわれる国である。
式年遷宮の伊勢神宮に詣でることは、日本人として生まれてきたら、生涯に一度は義務らしい。
だが、本当の天皇家の先祖は、詰まり天照大神=卑弥呼は、別の場所におわすのだ。
それが、大分県にある宇佐神宮である。
これも、次回書くとする。
まあ、出雲も、伊勢神宮と共に日本人が行くべき聖地である事は、言う迄も無い!!!!



