久しぶりに、銀河鉄道999のBlu-rayを観た。

初めてこの映画を観たのは、中学生の頃であった。
その頃、星野鉄郎はHero的存在であったし、これぞ男の子の生きる道的な感じであった。

しかし、今観ると、このガキふざけている!!!
冒頭、メガロポリス駅で、機械化人が買った999のチケットを暴力で奪い取ったのだ!!!

それでもって、落とした母親の形見のペンダントを「返せ!!!」はないであろう!!!
他人の物を盗っても、自分の物を盗られると怒るとは、こいつ何者だ!!!である。

999に乗って、"機械伯爵"に母親を狩られた敵討ちだとか言っているが、人間は、熊の母親を平気で撃ち殺し、剥製にしているではないか!!!
これを考えたら、勝手に伯爵に狩り場に入ったお前等親子が悪いと思うってしまう私のここは黒くなったのか?

機械化人が支配する世界なのだから、弱い立場の人間が狩られるのは、仕方の無いことである。

結局、鉄郎は自己中心的な行動で、世の中を目茶苦茶にしてしまう。
詰まり、奴は単なるテロリストである。

機械伯爵を暗殺して、惑星メーテルを破壊してしまうお前は、何者だ?である。

子供の頃は、社会性が未完成であったので、多分これが正しいと思い込んでいたのであろう・・・

「機械伯爵も元は人間で、優しい心の持ち主であったであろうが、機械の身体を手に入れてから、悪い心を持ち、人間狩りを楽しむ」的な台詞があった。
しかし、人間は「他の動物を狩る」何が違うのか?
狩っている立場が狩られる立場になっただけであろう・・・

仏の教えにこういうのがある。
昔、狩り好きの王がいて、毎日森に来ては、無意味に多くの鹿を殺していた。
そんなある日、人間の王の前に、鹿の王が立ちはだかった。
「貴方は何故、毎日我々の仲間を殺すのか?」
「食べるためだよ、鹿の王よ」
「分かりました、人間の王よ、でも、これから毎日1頭ずつ貴方の町へ行かせますので、もうむやみに殺すのを止めて下さい」
こうして、人間の王と鹿の王は約束を取り交わした。

鹿の王は、鹿達に言った。
「これから、毎日くじ引きをして、生け贄を決める。決まった者は、人間の町へ行って食べられること。その代わりに人間は我々を今後狩りをして殺さないと約束をした」
そして、第1回目のクジをして、当たった鹿は、意を決して人間の町へ行き殺された。

それから何日目かに、人間の王が怒って来た。
「お前は、何故約束を守らないのか? 今日、約束の日に来ないで無いか!!!」
そう言って、帰って行った。
鹿の王は怒って、クジであった者を探した。
するとメス鹿であった。
「王様、お許し下さい。今夜お腹の子供を産み落としたら、明日町へ行きます。どうかこの子だけは産ませて下さい・・・」
王は頷いた。
そして、自ら町へ行き狩られた。
「何故、王自らが来た?」
「約束は約束であり、これ王としての努めである」
それを見た人間の王は、涙して二度と鹿を狩ることをしなかったという。

未だ私も意味が分からないが、これを悟れれば、仏に近づけるのか?

命と命の遣り取りで、我々は生きている。
決して食べ物を粗末にしてはならない。