昨日、軍隊について書いたついでに、今日も書く。
大日本帝國は、江戸時代が終わり、明治となり、ヨーロッパ列強に肩を並べるべく、日本人が一丸となって突き進み、作り上げた国である。
大東亜共和圏を旗印に、東南アジアに進出していった。
大日本帝國軍軍事憲章は、現代の世の中の軍と比べても、更に先を行く内容であったようだ。
略奪強姦を法で禁止していた点も、特質すべきである。
だから、従軍慰安婦を組織したのだ。
世界の国々から文句を言われる筋合いは無い。
現に、現代のアメリカ兵でさえ、民間人をレイプして問題となってるし、イラク兵を皆で拷問して遊んでいた写真も、流出した。
従軍慰安婦は、決して女性を隷属させたわけで無く、ちゃんと金を払って戦地に連れて行ったのだ。
ある意味、民間人よりも良い物を食べていた。
因みに、この頃の日本は、売春OKであり、違法では無かった!!!
吉原の遊郭があったぐらいだし、昭和33年まで赤線として売春違いが日本中にあった。
そうそう、この軍隊は、今では平和を壊す極悪のように、日本人は考えてしまう。
では、我々の食事と軍隊を考えればどうであろう?
例えば、日本の国民的料理のカレーライスも、明治時代の帝國海軍が始まりである。
何でも、イギリス軍の軍医だかなんだかが、水兵に栄養を摂らせるために、共同開発されたらしい。
今でも、横須賀に行けば、海軍カレーとして、明治時代のレイシピーで食べることが出来うる。
因みに、海上自衛隊の艦の中は、毎週金曜日の夜がカレーライスであり、海の上で曜日感覚が無くなった乗組員も、カレーが出れば、「今日、金曜日だ」となるという。
又、カレーのレシピーも艦毎に違うらしい。
豚カツと言えば、刻みキャベツが定番であるが、豚カツが初めて日本に登場したとき、付け合わせは、実はキャベツでなかったのだ!!!
何と、温野菜であった。
しかし、日露戦争が勃発して、コック達が徴兵されると、温野菜を作っている暇が無くなり、手っ取り早く、キャベツを刻んで出したのが始まりである。
日露戦争の影響が、今日の我々の食生活に大きく関わっているのは、興味深いと事である。
又、身近な美味しい食べ物として、"肉ジャガ"があるが、これも大日本帝國海軍が関わっていることをご存じか?
これも、日露戦争の英雄、東郷平八郎閣下が、関係している。
彼は若い頃、英国留学をしていて、そこで食べたビーフシチューが大のお気に入りであった。
そこで、艦のコック長に、ビーフシチューを作るように頼んだらしいが、そのコック長が、デミグラスソースを作れず、ソースの代わりに和風だしを入れて作ったのが、肉ジャガである。
我々の生活に、深く入り込んでいる大日本帝國軍を考えると、感慨深いものがある。
軍隊が悪いのでなく、暴走させた人間が悪いのだ。
原子力の同じである。
コントロール出来ないものを使ってはいけないのである。
しかし、火はどうだ?
火は、ガスコンロからライターと我々の生活に根付いているが、火も一度使い方を誤ると、火事となり、人々を焼き尽くす。
考えてみたら、火自体も、人間は完全にコントロールしていない。
しかし、大火が起ころうとも、「火を使わない」とはならない。
火事を起こさない方法を、模索するはずだ。
軍隊も同じで、暴走しないように、暴走させない様に、文民支配を徹底することが、強いては我々の為になるのだ。
大日本帝國は、江戸時代が終わり、明治となり、ヨーロッパ列強に肩を並べるべく、日本人が一丸となって突き進み、作り上げた国である。
大東亜共和圏を旗印に、東南アジアに進出していった。
大日本帝國軍軍事憲章は、現代の世の中の軍と比べても、更に先を行く内容であったようだ。
略奪強姦を法で禁止していた点も、特質すべきである。
だから、従軍慰安婦を組織したのだ。
世界の国々から文句を言われる筋合いは無い。
現に、現代のアメリカ兵でさえ、民間人をレイプして問題となってるし、イラク兵を皆で拷問して遊んでいた写真も、流出した。
従軍慰安婦は、決して女性を隷属させたわけで無く、ちゃんと金を払って戦地に連れて行ったのだ。
ある意味、民間人よりも良い物を食べていた。
因みに、この頃の日本は、売春OKであり、違法では無かった!!!
吉原の遊郭があったぐらいだし、昭和33年まで赤線として売春違いが日本中にあった。
そうそう、この軍隊は、今では平和を壊す極悪のように、日本人は考えてしまう。
では、我々の食事と軍隊を考えればどうであろう?
例えば、日本の国民的料理のカレーライスも、明治時代の帝國海軍が始まりである。
何でも、イギリス軍の軍医だかなんだかが、水兵に栄養を摂らせるために、共同開発されたらしい。
今でも、横須賀に行けば、海軍カレーとして、明治時代のレイシピーで食べることが出来うる。
因みに、海上自衛隊の艦の中は、毎週金曜日の夜がカレーライスであり、海の上で曜日感覚が無くなった乗組員も、カレーが出れば、「今日、金曜日だ」となるという。
又、カレーのレシピーも艦毎に違うらしい。
豚カツと言えば、刻みキャベツが定番であるが、豚カツが初めて日本に登場したとき、付け合わせは、実はキャベツでなかったのだ!!!
何と、温野菜であった。
しかし、日露戦争が勃発して、コック達が徴兵されると、温野菜を作っている暇が無くなり、手っ取り早く、キャベツを刻んで出したのが始まりである。
日露戦争の影響が、今日の我々の食生活に大きく関わっているのは、興味深いと事である。
又、身近な美味しい食べ物として、"肉ジャガ"があるが、これも大日本帝國海軍が関わっていることをご存じか?
これも、日露戦争の英雄、東郷平八郎閣下が、関係している。
彼は若い頃、英国留学をしていて、そこで食べたビーフシチューが大のお気に入りであった。
そこで、艦のコック長に、ビーフシチューを作るように頼んだらしいが、そのコック長が、デミグラスソースを作れず、ソースの代わりに和風だしを入れて作ったのが、肉ジャガである。
我々の生活に、深く入り込んでいる大日本帝國軍を考えると、感慨深いものがある。
軍隊が悪いのでなく、暴走させた人間が悪いのだ。
原子力の同じである。
コントロール出来ないものを使ってはいけないのである。
しかし、火はどうだ?
火は、ガスコンロからライターと我々の生活に根付いているが、火も一度使い方を誤ると、火事となり、人々を焼き尽くす。
考えてみたら、火自体も、人間は完全にコントロールしていない。
しかし、大火が起ころうとも、「火を使わない」とはならない。
火事を起こさない方法を、模索するはずだ。
軍隊も同じで、暴走しないように、暴走させない様に、文民支配を徹底することが、強いては我々の為になるのだ。