大分前に、HNKの大河ドラマにもなったが、"太平記"が面白い。
何が面白いかって、題名である!!!
太平とは、平和という意味だが、知っているとは思うが、太平記の内容は、軍記物である!!!
南北朝動乱を背景に、足利尊氏の話らしいが、日本が乱れに乱れているのに、作者は敢えて"太平記"と付けたのが、機知に富んでいて私は好きである。
そうそう、足利尊氏の肖像がとしていた絵は、実は足利尊氏では無いと言うことになった。
それはそうである。天下人の尊氏が、散切り頭に刀を担いでいる姿は、落ち武者そのものである。
しかし、この足利尊氏は性格的に弱く、政治家の器では無いと言える。
奴が最初からハッキリとした指針を示せば、多くの人々が死なずに済んだのだが、どうも、人間的に好かれるタイプではあったらしい・・・
そうそう、藤沢周平の映画、蝉しぐれ、花のあと、必死剣鳥刺し等を観たが、どうも江戸時代の事が分かって否としか思えない・・・
蝉しぐれは、幼なじみが殿様の側室となり、その子の命が狙われ、主人公がそれを助ける話だが、「仮にも殿の血筋を家臣が手に掛けるか?」である。
主君筋の者の命を殺めれば、切腹で無く、一族郎党打ち首である!!!
家臣同士の政争では済まなくなる!!!
確か、最終的に、その子が跡目を取ることになるらしいが、そうなれば、自分が幼少頃命を狙った輩を許すはずが無い!!!
俺なら、謀反人の家臣共を女子供関係なく牛引きの刑(両手両足をそれぞれ牛に縛り付け、身体を引き裂く刑)にしてやる!!!!
"花のあと"もあり得ない話で、笑えた!!!
一番笑えたのが、必死剣鳥刺しである。
そもそも、幕府は内乱や領主の一族の血生臭い事を嫌っている。
又、一揆が頻繁に起きていれば、改易の条件にもなる。
何故、幕府は相続問題を嫌がったのか?
江戸時代は、長男総領制度であった。
長男が家督の全てを継ぐと、法律で定められていた。
又、跡継ぎは、誰にするかも届け出ていなければ、殿様の死後その藩は改易(取り潰し)となった。
神君公(徳川家康公の事で、江戸時代は神君公、権現様等で呼ばれていて、間違っても家康様などとは言わない。家康様と名を呼べば、無礼で死刑である。だから、日本には親や旦那以外人を名前で呼ぶ風習が無いのだ。名を呼ぶことは、その人より上であることになる)
は、歴史を善く善く調べている。
鎌倉幕府崩壊は、御家人の貧困が原因であった。
源頼朝の頃は、御家人の領地は、見渡す限りであった。
鎌倉時代の相続は、今と同じで、子供の頭数で領地を分けていった。
2代目か3代目までなら良いが、それ以降だと、土地が狭くなり、貧乏になるのは当たり前だ。
我々が食べている米は、独の一年分の米を作る広さは、300坪必要である。
都内で300坪の家に住んでいれば、超金持ちだ!!!!
しかし、田圃ならば、独り分の米しか採れない・・・
農業の効率から言うと、戦前の地主制度が一番理想的で、昨今の農家ではロスばかりで儲けが少ないのだ。
前回、新潟県の分水に行ったとき、新幹線の窓から、たわわに実った田圃の収穫をしていたが、稲刈りコンバインの数の多さに驚かされた。
これが、大地主制度ならば、コンバインの数は最小限で良いのだ。
使い回せば良いのだから・・・
しかし、現在小さい農家になっていれば、その数分のコンバインが必要である。
稲刈り機は、その名の通り、稲を刈るときのみに必要であるが、一台がベンツより高額である!!!
そういうことで、鎌倉幕府は家臣団が、貧乏な故に滅んだのだ!!!
さて、それを見ていた足利幕府は、相続の方法を変えた。
総領制度にしたのだ。
そう、跡継ぎ総取り制度にしたのだが、誰が継ぐまでは決めていなかった。
当然、誰が後を継ぐかで喧嘩になる。
今だって、貧乏人が少ない故人の財産を巡り、骨肉の争いになるのに、All or Nothingならば、命を掛けて殺し合ってしまうのも頷ける。
相続の桁が違う!!!
今で言うなら、埼玉県全部とか、三重県と和歌山県を合わせたより広い土地と民の相続ともなれば、命がけにならない方がおかしい・・・
こうして、絶えない跡目争いが、遂に応仁の乱に発展し、この国は未曾有の戦国時代へと突入するのだ。
これを平定したのが、皆も知っている東照大権現様である。
江戸幕府は、戦が起き戦乱の世にならないように、諸大名を監視したのだ。
だから、総領制度に長男を加えたのだ。
因みに、長男に産まれてくるのは、大変なことらしい。
長男が駄目な家は、家自体何かの祟りを受けているという・・・
だから、跡目争いは改易になるのだ!!!
一揆は、首謀者の百姓は磔だが、起こされた代官も切腹である。
命と命の遣り取りである。
現在は、全てのツケを弱い奴らに負わせ、馬鹿官僚、無責任無能政治家は、懐を肥やしているのだ。
さあ、歴史を垣間見て、現代の日本はどうであろうか?
我々の先祖に、胸を張れる世の中であろうか?
何が面白いかって、題名である!!!
太平とは、平和という意味だが、知っているとは思うが、太平記の内容は、軍記物である!!!
南北朝動乱を背景に、足利尊氏の話らしいが、日本が乱れに乱れているのに、作者は敢えて"太平記"と付けたのが、機知に富んでいて私は好きである。
そうそう、足利尊氏の肖像がとしていた絵は、実は足利尊氏では無いと言うことになった。
それはそうである。天下人の尊氏が、散切り頭に刀を担いでいる姿は、落ち武者そのものである。
しかし、この足利尊氏は性格的に弱く、政治家の器では無いと言える。
奴が最初からハッキリとした指針を示せば、多くの人々が死なずに済んだのだが、どうも、人間的に好かれるタイプではあったらしい・・・
そうそう、藤沢周平の映画、蝉しぐれ、花のあと、必死剣鳥刺し等を観たが、どうも江戸時代の事が分かって否としか思えない・・・
蝉しぐれは、幼なじみが殿様の側室となり、その子の命が狙われ、主人公がそれを助ける話だが、「仮にも殿の血筋を家臣が手に掛けるか?」である。
主君筋の者の命を殺めれば、切腹で無く、一族郎党打ち首である!!!
家臣同士の政争では済まなくなる!!!
確か、最終的に、その子が跡目を取ることになるらしいが、そうなれば、自分が幼少頃命を狙った輩を許すはずが無い!!!
俺なら、謀反人の家臣共を女子供関係なく牛引きの刑(両手両足をそれぞれ牛に縛り付け、身体を引き裂く刑)にしてやる!!!!
"花のあと"もあり得ない話で、笑えた!!!
一番笑えたのが、必死剣鳥刺しである。
そもそも、幕府は内乱や領主の一族の血生臭い事を嫌っている。
又、一揆が頻繁に起きていれば、改易の条件にもなる。
何故、幕府は相続問題を嫌がったのか?
江戸時代は、長男総領制度であった。
長男が家督の全てを継ぐと、法律で定められていた。
又、跡継ぎは、誰にするかも届け出ていなければ、殿様の死後その藩は改易(取り潰し)となった。
神君公(徳川家康公の事で、江戸時代は神君公、権現様等で呼ばれていて、間違っても家康様などとは言わない。家康様と名を呼べば、無礼で死刑である。だから、日本には親や旦那以外人を名前で呼ぶ風習が無いのだ。名を呼ぶことは、その人より上であることになる)
は、歴史を善く善く調べている。
鎌倉幕府崩壊は、御家人の貧困が原因であった。
源頼朝の頃は、御家人の領地は、見渡す限りであった。
鎌倉時代の相続は、今と同じで、子供の頭数で領地を分けていった。
2代目か3代目までなら良いが、それ以降だと、土地が狭くなり、貧乏になるのは当たり前だ。
我々が食べている米は、独の一年分の米を作る広さは、300坪必要である。
都内で300坪の家に住んでいれば、超金持ちだ!!!!
しかし、田圃ならば、独り分の米しか採れない・・・
農業の効率から言うと、戦前の地主制度が一番理想的で、昨今の農家ではロスばかりで儲けが少ないのだ。
前回、新潟県の分水に行ったとき、新幹線の窓から、たわわに実った田圃の収穫をしていたが、稲刈りコンバインの数の多さに驚かされた。
これが、大地主制度ならば、コンバインの数は最小限で良いのだ。
使い回せば良いのだから・・・
しかし、現在小さい農家になっていれば、その数分のコンバインが必要である。
稲刈り機は、その名の通り、稲を刈るときのみに必要であるが、一台がベンツより高額である!!!
そういうことで、鎌倉幕府は家臣団が、貧乏な故に滅んだのだ!!!
さて、それを見ていた足利幕府は、相続の方法を変えた。
総領制度にしたのだ。
そう、跡継ぎ総取り制度にしたのだが、誰が継ぐまでは決めていなかった。
当然、誰が後を継ぐかで喧嘩になる。
今だって、貧乏人が少ない故人の財産を巡り、骨肉の争いになるのに、All or Nothingならば、命を掛けて殺し合ってしまうのも頷ける。
相続の桁が違う!!!
今で言うなら、埼玉県全部とか、三重県と和歌山県を合わせたより広い土地と民の相続ともなれば、命がけにならない方がおかしい・・・
こうして、絶えない跡目争いが、遂に応仁の乱に発展し、この国は未曾有の戦国時代へと突入するのだ。
これを平定したのが、皆も知っている東照大権現様である。
江戸幕府は、戦が起き戦乱の世にならないように、諸大名を監視したのだ。
だから、総領制度に長男を加えたのだ。
因みに、長男に産まれてくるのは、大変なことらしい。
長男が駄目な家は、家自体何かの祟りを受けているという・・・
だから、跡目争いは改易になるのだ!!!
一揆は、首謀者の百姓は磔だが、起こされた代官も切腹である。
命と命の遣り取りである。
現在は、全てのツケを弱い奴らに負わせ、馬鹿官僚、無責任無能政治家は、懐を肥やしているのだ。
さあ、歴史を垣間見て、現代の日本はどうであろうか?
我々の先祖に、胸を張れる世の中であろうか?