飲みに行ったと言っても、現地集合で私はkawasaki KLX250で言ったし、ゴジラもスクーター出来たので、アルコールでなく、健全に烏竜茶で2時間遊んできた。
上石神井と光が丘や練馬は、大変に行きづらい立地にある。
練馬区の中でも上石神井は南西の三角形に突き出した位地に有り、杉並区と武蔵野市に挟まれている。
実は、杉並区に編入して欲しいのは、私だけであろうか?
区役所や都税事務所も杉並区の方が近いのだ。
だから、光が丘に行くとなると、60番の西武バス成増行きに乗っていくのだが、途中、石神井公園駅など結構遠回りだし、時間が掛かるから、自然と足が遠退く。
バイクで行くと20分も掛からないのだ。
そこで、「俺って、もうHarley乗りじゃないよな」とゴジラに言う、「どうだよ、お店は出禁じゃないの?」と生意気なことを言うから「馬鹿言ってんじゃいよ!!! 俺は今、超上客だよ」と言い返してやった。
その前日、Harley店員Mが、我が家までISIS号を引き取りに来たのだ。



最初は、このテールライト群(これもドレスアップしたのだ)が好きであったが、今となったら、未練は全くない!!!
その前のアルテミス号の時の方が、悲しい物があったが・・・
しかし、Mは大したものだ!!!
重量450㎏以上のバイクを、いとも容易く扱っていて、ハイエースの荷台に載せているのだから・・・
まあ、ここで彼がバイクを倒して破損させても、もう下取り価格に変動はないが・・・
今度の、Brynhildr号(ブリューンヒルト号)は、フロントフォークを40度ぐらいにし、後方フェンダーを伸ばすため、見た目、ISIS号より一回り大きくなるはずだし、間違いなくハイエースの荷台には載らないはずだ・・・
今度は、2tトラック(Harley専用の後方にバイクを載せて上がれるエレベーターが付いている)で来るのか?

これは、草津ツーリングから帰ってきてからのショットである。
私がISIS号を跨ったのは、これが最期であった・・・
ISIS号としっくり来なかったのは、最初から完成度を高くしすぎて、いじるところが殆ど無かった・・・
それと、何と言っても納車3日後にあった、長崎Harleyフェスティバル参加時に、私は箱根の友人宅に一泊して、東名に御殿場から乗った。
おっちゃん、芹ちゃんを初めの何時もの面面は、先に下関を目指していた。
彼等は下関のSA内にある宿泊施設に泊まる予定であったが、私は後から行くと言ったため、部屋が取れず、下関市街一泊であった。
結構、ゆっくり目に走っていったら、広島辺りに20時頃到着して、晩飯を食べた。
確か、牡蠣フライ定食だったと思った・・・
そこから、下関まで結構あったが、豊臣秀吉の中国毛利攻めから一気に大阪へ引き返したのは凄いの一言だ。
結局、下関ICを出たのが0:05であったが、この5分のお陰で、御殿場から下関まで1800円であった。
麻生の始めた高速代週末1000円の恩恵を受けた・・・
その晩、一人でホテルで過ごし、翌日皆は何処かの島へバイクで行っていて、私は一人で河豚三昧して皆と合流予定であった。
朝、Harleyでいざ出発しようとすると、何とエンジンからオイルが噴いていた。
直ぐにHarley店に電話して、取りあえず下関のHarley店に自走した。
「もういい、俺は新幹線で帰るから、後はお前達で何とかしろ」と担当Mに言って、私は新下関駅に送って貰った。
私は、九州に上陸したことが、今だない。
関門海峡を前に、古の神々に「来るな」と言われたようだ。
新下関は"のぞみ"が停まらないため、こだまで新岡山まで行き、そこで乗り換えるのだが、「何?この短い新幹線・・・????」であった。
我々は東海道新幹線=16両編成だと思っていたが、何と4両だ!!!
プラレールかよ!!!!だ。
まあ、駅弁とビールを買い、昼寝して起きたら京都であった。
ある意味、快適な旅であったが、店の社長以下、皆平伏していたが、私に怒りはなかった。
後日、ISIS号は陸送されてきたが、この一件以来、私と彼女の間の溝は、埋まることなく2年と10ヶ月で終焉を迎えた・・・
人間同士の出合いも、バイクとか車とかいう物との出合いと別れも、同じであろう。
詰まり、一期一会である・・・
次のブリューンヒルト号とは、どのような時を過ごせるのか、今から待ち遠しく、楽しみのである。