「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず」とは、有名な福沢諭吉の言った言葉である。

彼は、近代日本の教育を欧米化したが、では、江戸時代の日本の教育レベルは、欧米と比べて劣っていたのか?

江戸末期、欧米人が江戸に来て街を見たとき、驚きを隠せなかったという。
先ず、街にゴミが落ちていないのと、赤ちゃんを負ぶって店番をしていた少女が、本を読んでいる。(欧米の常識は、文字が読めるは、中流以上であったので、普通の女の子が本を読んでいるのは、異様と同時に驚きであったはずだ)
そして、その少女が、お客に暗算でお釣りを返していた。
これをみて、彼らは日本の植民地化は諦めたという・・・

では、福沢諭吉の大罪とは、何か?であるが、「それは目に見えない物は信じない」である。

彼のその不遜な考え方が、今の日本のくだらない教育社会を作ったのかも知れない。

では何故、この様なことを言うかというと、これも偶々、あさからDiscoveryChを観ていたら、"心霊現象"的な内容であった。

所謂、悪霊、幽霊が家に居て、住んでいる人を苦しめているであるが、こう言った内容は、日本人にとっては普通の話であろう。

こうなると、霊能者、占い師等の登場となるが、ところがここで問題なのが、似非霊能者が跋扈(ばっこ)していることである。

こうなると、本当の霊能者まで、インチキ視され、結局は、得体の知れぬ霊に悩まされている人達を救うことが出来ないのだ。

ところが、実は欧米では、きちんと研究されていて、笑えたのは、除霊者の女性だが、彼女は心理学博士、精神医学博士であった。

しかし、当の日本では、こう言った大切な研究が、「子供騙し」・「インチキ」と軽視しされているのだ。

これは、全て福沢諭吉の誠心が、偏っていたからである。

しかし、これは良いが、今の日本人に出来ないことの一つに、「過ちを改めるに憚ることなかれ」である。

私は、本当にこの目で、霊に取り憑かれている人を見ている。
彼女は、前世で人を殺しており、その被害者が死んでも死にに切れずに、生まれ変わってきた彼女に取り憑いているのだ。

それも、彼女が人生で幸せ絶頂で復讐にで、家庭崩壊である。

しかし、これを現代科学では、多重人格という精神病にしてしまうのだ。

言っておくが、我々が普段何気なく使っている日常品も、100年前、1000年前の人々が観れば、魔法で有り、非科学であった。
魔法、神がかりの中で、人間が理解できたものを、我々は科学と呼んでいるに過ぎない。

その内、この世とあの世が、理解できれば、更に我々の精神面が進化するときかも知れない。

何事も馬鹿にせず、好奇心を持つことが重要であろう。