先日、代々木で大規模な反原発集会が開かれた。
主催者側は参加者が、17万人、警察は7万人とそれぞれの思惑があるだろうが、足して二で割れば、12万人である。
大きめの地方都市の人口が集まった感じである。

しかし、これだけの人数を無視するとは、この国の政府は終わっている・・・

中部地方で行われた市民の原発意見会に、中部電力の課長が出ていて、こいつが「原発の放射ので死んだ奴は居ない。これから5年後、10年後もないであろう」とか言っていた。
傍聴席から「うそだろう」等々の怒号が飛んでいた。
「じゃあ、お前、福島第一原子力発電所に行って来い」ぐらいのことを言って欲しかった。
この馬鹿課長、福島県民の避難所に行って、同じ事言ってみやがれ!!!!である。

苛めの件も毎日、TVでは議論が白熱しているが、知り合いの教師に言わせると、「親が悪い」という。
そもそも、自分の子供が自殺を思い込むならば、絶対に子供の変化に親は気付くはずだというのだ。
まあ、子供に無関心なのかは、分からないが、事があって自分らの非を認めず、学校の責任だけにするのは、如何なものか?

会社に行っては、「パワーハラスメント」「セクシャルハラスメント」等がある。
これは、正に苛めである。
しかし、直ぐに「セクハラ」という奴らも、実は苛めである。
日本は、セクハラについてもちゃんと規定が無い。
同僚の男が、女性にHなことを言っても、それは「セクハラ」ではないのだ。
「セクハラ」の定義は、"力"が無ければならない。
先輩では、駄目なのだ。
上司の男に、Hな事を言われれば、セクハラになるのだ。

サラリーマンなら誰しも心当たりはあるであろうが、仕事で重大なミスを犯せば、減給、左遷、降格等は、納得できるが、「こいつが嫌い」が理由で、左遷すれば、これは苛めである。

詰まり、前々から言っているが、苛めは人間生活と切り離せない普通に存在しているのだ。
別に特別なことでは無い。
それを、「どうやって皆で解決していくか」が重要である。

「苛めは卑劣なとこだ」と言ったのは、無責任総理の野田である。
あれだけの記録的豪雨で、壊滅状態の九州に対して「これから、救済等考えて行きたい」的なご意見である。
おいおい、今大変なんだから、さっさと行動しろ!!!である。
彼奴は、いつも何か他人事なんだ!!!!
この国の最高権力者の意識が無い!!!!

「苛めは卑劣なとこだ」おいおい、お前が国民を苛めている張本人だろうが!!!!

「人の振り見て我が振り直せ」である。
だが、厚顔無恥な、野田には関係の無い言葉であろう・・・