NHKの大河ドラマの"平清盛"が不振だそうだ。
その理由が、"史実に忠実"にが仇となったそうだ。
しかし、清盛が後白河法皇の御落胤というのは、眉唾物だが・・・
しかし、これって我々日本人の多くの無知無教養に寄るところが大きいと思うし、これは、何も視聴者の多くの脳タリンの責任と言うよりは、きちんとした歴史教育を怠った馬鹿政府の責任が大である。
トマス・モアの"ユートピア"的発想だと、「民が無知なのは、民の責任で無く、民から教育を奪った為政者の責任である」という。
礼儀作法も忘れ、道徳心もなくなりつつある昨今、この責任は、国家に帰属するのだ。
話は反れるが、宇治の"平等院"をどう思うか?
大半の者は、「凄い」・「綺麗」的な発想であろうが、私は、「燃やしてしまえ」的考えである。
では、何故、私は宇治の平等院が嫌いなのか?
歴史を知っているからだ!!!!
あれは、藤原道長が建てたのだが、何故建てたのかが問題である。
己は、位人臣を極め、やりたい放題であるが、貴族も貧民にも平等に来るのは"死"であり、奴は「死んだらどうしよう」から死後の世界「極楽」をこの世に表現したのだ。
詰まり、自分以外は関係の無い世界である。
では、一般民はどうしていたのか?
この頃は、羅生門の時代だ。
芥川龍之介の羅生門を読んで欲しい!!!!
この時代、京の都ですら餓死者が、道に溢れていて、貧乏人は人肉を食らっていたのだ!!!!
羅生門は、平安京の門の一つだが、その都の門が朽ち果て、盗賊、殺人者の住処となっていたのだ。
では、何故朽ち果てていたのか?
税収が、国庫に入らないからである。
では、何故税収が入らないのか?
藤原氏を始めとした、有力貴族達が、荘園という脱税システムを作り脱税していたからだ。
詰まり、貴族達が私利私欲に走り、公共事業に回す金が無かったのだ!!!!
貴族達は、貧民共がどうなろうとも知ったことで無く、歌詠み、香合わせ等の遊興のふけっていて、羅生門、朱雀門をなさず、自分のための平等院を建てて、酒を飲んでいた。
その外では、一般民が餓死していた。
おいおい、何処かで聞いた話だよ!!!!
千年後の平成の今と、やっている事が、変わらないじゃないか!!!!!
まあ、話を戻すと、まともだったのは江戸時代だけかも・・・
昨日、水戸黄門再放送を何気なく観ていた。
長岡藩話だったが、お忍びの殿様が城下町で美しい町娘と知り合う話であった。
要は、殿様はこの町娘と結婚したいというのだ。
おいおい、江戸時代、先ず、武士と町人は結婚できない!!!!
又、大名の婚姻には、幕府の許可がいるし、牧野家ほどの名門ならば、産まれたときに既に婚約相手が決まっているはずである!!!
家老も、結婚などとんでも無い!!! 諦めてください的発言だったが、何故、殿が諦める?
"側め制度"バリバリの世界である。
正妻には出来ないが、然るべき家の養女とすれば、側めとして城中奥御殿に入ることは、普通であるし、殿が好きな女性ならば、男子を産む確率も高いでは無いか!!!
殿様の第一の仕事は、世継ぎを儲けること!!!
男子が居なければ、藩は御取り潰しになり、家臣一同無職になってしまうからだ!!!!
「町に素敵な女性が居る」と言えば、家臣総出で連れてくるのが、常識である。
今と違い、殿様には殺生与奪の権利があった。
家臣の命も、領民の命も殿の胸三寸である。
それと、夜は町毎に木戸が有り、木戸が閉まると翌朝まで開かないのだ。
だから、吉原のような場所で、木戸が閉まる時間まで遊んでしまったら、泊まるしか無かったのだ。
士農工商とあるが、これは別に誰偉いでなく、階級を表しているのだ。
そして、互いの階級には、口出ししないのだ。
但し、武士が政権を担っていたから、逮捕権と裁判権は、武士が持っている。
しかし、農村部を思い浮かべると、頂点は庄屋様であり、その下に有力な農民がいて、水呑百姓、農奴と農民の中でも厳しい身分があった。
何か有ったら、庄屋を中心とした年寄りが集まり、軽微な賞罰を決めていた。
代官所の役人に捕まったら、まあ打ち首的な生死に関わることになってしまうから、そうなる前に、自分たちで動いていたのだ。
正に、自治であった。
つづく
その理由が、"史実に忠実"にが仇となったそうだ。
しかし、清盛が後白河法皇の御落胤というのは、眉唾物だが・・・
しかし、これって我々日本人の多くの無知無教養に寄るところが大きいと思うし、これは、何も視聴者の多くの脳タリンの責任と言うよりは、きちんとした歴史教育を怠った馬鹿政府の責任が大である。
トマス・モアの"ユートピア"的発想だと、「民が無知なのは、民の責任で無く、民から教育を奪った為政者の責任である」という。
礼儀作法も忘れ、道徳心もなくなりつつある昨今、この責任は、国家に帰属するのだ。
話は反れるが、宇治の"平等院"をどう思うか?
大半の者は、「凄い」・「綺麗」的な発想であろうが、私は、「燃やしてしまえ」的考えである。
では、何故、私は宇治の平等院が嫌いなのか?
歴史を知っているからだ!!!!
あれは、藤原道長が建てたのだが、何故建てたのかが問題である。
己は、位人臣を極め、やりたい放題であるが、貴族も貧民にも平等に来るのは"死"であり、奴は「死んだらどうしよう」から死後の世界「極楽」をこの世に表現したのだ。
詰まり、自分以外は関係の無い世界である。
では、一般民はどうしていたのか?
この頃は、羅生門の時代だ。
芥川龍之介の羅生門を読んで欲しい!!!!
この時代、京の都ですら餓死者が、道に溢れていて、貧乏人は人肉を食らっていたのだ!!!!
羅生門は、平安京の門の一つだが、その都の門が朽ち果て、盗賊、殺人者の住処となっていたのだ。
では、何故朽ち果てていたのか?
税収が、国庫に入らないからである。
では、何故税収が入らないのか?
藤原氏を始めとした、有力貴族達が、荘園という脱税システムを作り脱税していたからだ。
詰まり、貴族達が私利私欲に走り、公共事業に回す金が無かったのだ!!!!
貴族達は、貧民共がどうなろうとも知ったことで無く、歌詠み、香合わせ等の遊興のふけっていて、羅生門、朱雀門をなさず、自分のための平等院を建てて、酒を飲んでいた。
その外では、一般民が餓死していた。
おいおい、何処かで聞いた話だよ!!!!
千年後の平成の今と、やっている事が、変わらないじゃないか!!!!!
まあ、話を戻すと、まともだったのは江戸時代だけかも・・・
昨日、水戸黄門再放送を何気なく観ていた。
長岡藩話だったが、お忍びの殿様が城下町で美しい町娘と知り合う話であった。
要は、殿様はこの町娘と結婚したいというのだ。
おいおい、江戸時代、先ず、武士と町人は結婚できない!!!!
又、大名の婚姻には、幕府の許可がいるし、牧野家ほどの名門ならば、産まれたときに既に婚約相手が決まっているはずである!!!
家老も、結婚などとんでも無い!!! 諦めてください的発言だったが、何故、殿が諦める?
"側め制度"バリバリの世界である。
正妻には出来ないが、然るべき家の養女とすれば、側めとして城中奥御殿に入ることは、普通であるし、殿が好きな女性ならば、男子を産む確率も高いでは無いか!!!
殿様の第一の仕事は、世継ぎを儲けること!!!
男子が居なければ、藩は御取り潰しになり、家臣一同無職になってしまうからだ!!!!
「町に素敵な女性が居る」と言えば、家臣総出で連れてくるのが、常識である。
今と違い、殿様には殺生与奪の権利があった。
家臣の命も、領民の命も殿の胸三寸である。
それと、夜は町毎に木戸が有り、木戸が閉まると翌朝まで開かないのだ。
だから、吉原のような場所で、木戸が閉まる時間まで遊んでしまったら、泊まるしか無かったのだ。
士農工商とあるが、これは別に誰偉いでなく、階級を表しているのだ。
そして、互いの階級には、口出ししないのだ。
但し、武士が政権を担っていたから、逮捕権と裁判権は、武士が持っている。
しかし、農村部を思い浮かべると、頂点は庄屋様であり、その下に有力な農民がいて、水呑百姓、農奴と農民の中でも厳しい身分があった。
何か有ったら、庄屋を中心とした年寄りが集まり、軽微な賞罰を決めていた。
代官所の役人に捕まったら、まあ打ち首的な生死に関わることになってしまうから、そうなる前に、自分たちで動いていたのだ。
正に、自治であった。
つづく