ドラえもんの漫画を最初に見たのは、私が小学校低学年であったと思う。
風邪で寝込むと、ドラえもんの1巻から当時12巻までだったと思ったが、枕元に持ってきては、心を弾ませながら読んだ記憶がある。

今年2012年は、ドラえもん誕生まであと100年らしいが、後100年でタイムマシーンを初め、四次元ポケット、どこでもドア等が本当に実用化になるのであろうか?

ドラえもんは22世紀になれば、誰でも買える家庭用猫型ロボットであるらしいので、値段ものび太の家系から考えると、今の軽自動車ぐらいだと推測される。

ここで、ドラえもんの世界観を根底から覆すある思いを発表したい!!!!

21世紀の野比家の経済力から推測すると、まあ100年後も大したことの無い家である。
そもそも、のび太がだらしなさ過ぎるから、22世紀からセワシ君が、タイムマシーンに乗ってドラえもんと共に、のび太の時代にやってきたのだ(ドラえもん1巻参照)。
確か、セワシはのび太のこしらえた借金のせいで、僕の家は苦しく、お年玉もまともに出ないと嘆いていたはずだ。
では、どうやって22世紀の野比家は、ドラえもんを手に入れたのであろうか?

野比家が買えるならば、当然"骨川家"は、もっと優秀で高額なロボットを買えるはずである。
ならば、ドラえもん以上のロボットが、21世紀の現代の骨川家に居てもおかしくないではないか!!!
というか、むしろ居なければおかしい!!!!

当然、未来の道具類も、野比家のロボットよりも骨川家のロボットの方が高級且つ、最先端を揃えているはずだ。
スネ夫の性格は、私と似ていて、最先端好きである。

余談だが、友人は良く私に「お前は始末に負えない!!! スネ夫の財力とジャイアンの腕力を足した感じだからな」と言う。

しかし、22世紀の骨川家は、ロボットを買っている形跡がない。

しかし、ドラえもんを観ていて不思議なのは、私ならドラえもんの道具で世界征服してやるのにと思ったことが、何度もあった。
暗記パンが欲しいとか、コンピューターペンシルが欲しいとか、テストの度に想像した(こんな妄想せずに、勉学に勤しむべきであった・・・)が、これは皆も同じだと思う。

では、何故のび太は、毎回駄目なのだろうか?
そう、ドラえもんの話は、単なるSFでなく、"寓話"なのだ。
イソップ物語と同じぐらい、いやそれ以上の寓話である。
詰まり、どんなに優れた道具でも、それを使うのは人間である。
使い方を間違えると、とんでも無い結果が待っている。
道具を使いこなせるだけの知識を身に付けよ!!!
である。

まさに、今、人類が直面している核問題にも抵触している。
"使いこなせる"というのは、万が一の事態が起こっても、きちんと収束することが出来ると言うことである。

火で考えると、我々は日常"火"を使っている。
ライター、マッチ、ストーブ、ガスコンロ等、我々は火をコントロールして、生活の必需品としている。
しかし、例えば、台所で家事をしていて、天麩羅油に火が移り、天上まで燃え上がったとしたら、貴方はどう対処するか?
対処を間違えると、大惨事になる。
もうこうなると、我々の火に対するコントロールは効かない状況になり、119に電話する。
これが家事なら未だしも、山火事ならどうなる?
ある意味、我々は火すら完全にコントロール出来ていないのに、"核"など以ての外でないのか?

余談だが、確かドラえもんの動力も核であったと思ったが・・・

今、正に福島第一原子力発電所の第四号炉が、何時倒れてもおかしくない状況なのに、何故他の原発の再稼働を画策するのか?
4号炉が倒れれば、東京都民は、即死である!!!!

日本中で、ドラえもんを読み返す必要があるのかも知れない・・・