イクナートンが、死んで(暗殺かも・・・)エジブト国民は、日本で言えば赤飯炊いてお祝いしたはずだ。

いきなりアトン神とか言い出した、迷惑ファラオが亡き後、それまでこっそりと祈っていたアメン・ラー神を、その名の通り御天道様の元、又祈る事が出来るのだ。

カルナック大神殿の神官達を初め、多くの政府高官も没収された財産も元に戻ったはずである。(確かそう・・・、疑問に思った人は、調べてね)

大人の権力闘争(政治的にも宗教的にも)に巻き込まれた小学3年生と同じ9歳のトゥトアンクテンは、側近もしくは親戚の命によって、ツタンカーメンと改名させられたのだ。
そして、首都、王宮もアマルナから古都テーベへと戻された。

さて、小学3年生のガキが大人の思惑を理解できるはず無く、無邪気に父母の面影を追いながら、祈るのはアメン・ラー神でなく、アトン神であったはずだ。

そして、彼の后に姉弟のアンケセナーメン(ツタンカーメンの2歳年上の姉)がなった。
ここで、ファラオの結婚について理解せねばならない。
古代エジプトは、女系国家と言えた。
ファラオの子供の男子もしくは、親戚(男子)が、ファラオの娘と結婚することによって、王位継承出来るのである。
これは、神話のオシリスとイシスの故事に因んでいるのだ。
ファラオは、オシリス、王妃はイシスというのが、古代エジプトの信仰である。

但し、兄弟姉妹といっても、それは宗教的、政治的な話であって、生物学的、肉体的には夫婦関係になる必要は無い。
ハーレムには、人種、国籍関係なく、美女が溢れているから、ファラオは、毎晩楽しんだに違いない

羨ましい・・・ファラオ・・・

只、異母弟姉ならば、肉体的な夫婦関係もタブーでは無いし、日本でも古代の大和王朝では、天皇家の婚姻も異母兄妹等が多かったのだ。
確か、古代の天皇で同母で結婚した人がいて、この人は皇位を剥奪され、流刑になったと聞いた事がある。

まあ、アンケセナーメンとツタンカーメンは異母姉弟であったため、HはOKであろう。
しかし、このツーショットが、ツタンカーメンの死を確定したのかも知れない。
アンケセナーメンは、ツタンカーメンの即位時10歳で有り(女の子の10歳はおませである)、彼女もバリバリのアトン信仰者であったことは、想像に難くない。
ツタンカーメンは、紀元前1342年生まれの紀元前1324年死亡であり、即位は紀元前1333年~暗殺時である紀元前1324年までである。
彼は8歳で即位し、18歳(高校3年生)で死んだのだ。
どういう人生を送ったのか、自分のその頃を思い出しながら、古代エジプト宮殿を思い描くだけでもロマンを感じる。

つづく