昨日、書き忘れが、「大阪城は誰が建てたか?」である。
「大工さん」が答えでは無い!!!
歴史上は、豊臣秀吉が建てた事になっているが、それは本当であろうか?
信長は、石山本願寺と血みどろの戦いを続けていたが、何故か?である。
皆知らないが、実は石山本願寺は、現在の大阪城のあった場所にあったのだ。
詰まり、信長は、そこをこの国の中心とし、首都を建設しようとしていたというのだ。
その象徴が、巨大な城の建造であった。
安土城は、戦の最中でも「こんなに凄い城建てちゃうよ!!!」的なもので、権勢を世に知らしめる為に建てたという。
何かで読んだが、安土とは、朝廷に対する無言の圧力であった。
朝廷の都は、平安京、それを睨むように作ったのが安土城であったという。
馬鹿学者は、安土城が信長の本城だといっているが、安土では、狭すぎるのだ。
だから、大阪城建造こそが、信長の本意だったのは疑う余地が無い。
嘘だと思うならば、自分が信長の立場になって、行ってみれば良いのだ。又は、GoogleMapでも眺めれば、安土よりも大阪と気が付く筈だ。
そう考えると、豊臣秀吉は、信長の青写真の上を歩いていたというのだ。
朝鮮出兵も、馬鹿学者は「秀吉の無謀」「気が変になっていた」「呆けていた」説を唱えている。
しかし、信長は、日本平定後、中国大陸平定計画を持って準備していたという。
秀吉は、信長暗殺後、10年掛かって国内平定をしたが、その戦った相手は、信長の家臣団であった。
ならば、信長がもし本能寺で死ななければ、今の世界情勢は、大きく変わっていたはずだ!!!
当時の世界最強軍隊は、日本であったからだ!!!
北の京から、アジアに号令を出している事を想像しただけでも、織田信長は、日本で一番スケールの大きな人物だったと思える。
しかし、今、我々は小さな島国に産まれている。
もし、信長が、アジア平定していたとしても、大陸と日本の関係は、アメリカとイギリスの関係であったであろう。
微妙である・・・
昨日、信長が比叡山を焼いた話をしたが、信長は信心深いのだ。
その証拠に、インチキ坊主を殲滅した後、寺の再建は許しているし、天台宗も現存している。
我々の偉大な、先人に付いてもっと学ぶべきであろう。
「温故知新」である。
今の我々は、未来ばかり見て、過去より学ぶ事を忘れているのでは無いか?
何時の時代も、好景気があって、経済が失速する、その繰り返しである。
そのヒントは、過去の偉大なリーダー達が如何に乗り越えた方法に、ヒントがあるのだ。
「故きを温ねて新しきを知る」を、今一度考え直す事が重要である。
「大工さん」が答えでは無い!!!
歴史上は、豊臣秀吉が建てた事になっているが、それは本当であろうか?
信長は、石山本願寺と血みどろの戦いを続けていたが、何故か?である。
皆知らないが、実は石山本願寺は、現在の大阪城のあった場所にあったのだ。
詰まり、信長は、そこをこの国の中心とし、首都を建設しようとしていたというのだ。
その象徴が、巨大な城の建造であった。
安土城は、戦の最中でも「こんなに凄い城建てちゃうよ!!!」的なもので、権勢を世に知らしめる為に建てたという。
何かで読んだが、安土とは、朝廷に対する無言の圧力であった。
朝廷の都は、平安京、それを睨むように作ったのが安土城であったという。
馬鹿学者は、安土城が信長の本城だといっているが、安土では、狭すぎるのだ。
だから、大阪城建造こそが、信長の本意だったのは疑う余地が無い。
嘘だと思うならば、自分が信長の立場になって、行ってみれば良いのだ。又は、GoogleMapでも眺めれば、安土よりも大阪と気が付く筈だ。
そう考えると、豊臣秀吉は、信長の青写真の上を歩いていたというのだ。
朝鮮出兵も、馬鹿学者は「秀吉の無謀」「気が変になっていた」「呆けていた」説を唱えている。
しかし、信長は、日本平定後、中国大陸平定計画を持って準備していたという。
秀吉は、信長暗殺後、10年掛かって国内平定をしたが、その戦った相手は、信長の家臣団であった。
ならば、信長がもし本能寺で死ななければ、今の世界情勢は、大きく変わっていたはずだ!!!
当時の世界最強軍隊は、日本であったからだ!!!
北の京から、アジアに号令を出している事を想像しただけでも、織田信長は、日本で一番スケールの大きな人物だったと思える。
しかし、今、我々は小さな島国に産まれている。
もし、信長が、アジア平定していたとしても、大陸と日本の関係は、アメリカとイギリスの関係であったであろう。
微妙である・・・
昨日、信長が比叡山を焼いた話をしたが、信長は信心深いのだ。
その証拠に、インチキ坊主を殲滅した後、寺の再建は許しているし、天台宗も現存している。
我々の偉大な、先人に付いてもっと学ぶべきであろう。
「温故知新」である。
今の我々は、未来ばかり見て、過去より学ぶ事を忘れているのでは無いか?
何時の時代も、好景気があって、経済が失速する、その繰り返しである。
そのヒントは、過去の偉大なリーダー達が如何に乗り越えた方法に、ヒントがあるのだ。
「故きを温ねて新しきを知る」を、今一度考え直す事が重要である。