TVが連日、大雪報道でネタに困っていないようである。
今も、青森で昨晩の猛吹雪で、車が立ち往生している様子が映っている。
でも、善く善く考えると、これって天から、我々に対する戒めのように思えてしまうのは、私だけであろうか?
皆、忘れてはいけないのは、青森から日本海側でいえば、福井まで、昔から大雪地帯であったのだ。
今、馬鹿報道が連日騒いでいるように「買い物行けない」・「年寄り大変」・「子供が可哀想」と報道しているが、そこには古来より人々が住み続けているのだ。
では、江戸時代の人達は、こういった雪で凍死していたのか?餓死していたのか?と尋ねたい!!!
因みに、戦国時代でも、豪雪地帯では、休戦状態になる。
兵が移動できないからであるから、当然であるが・・・
では、江戸時代と今と何が違うのかである。
それは、冬でも快適な生活になった事かも知れないが、私は豪雪地帯でも、移動が出来るようになった事だと思う。
昔は、冬になり雪が積もれば、各部落が孤立するのは当たり前で、一冬分の食料等の備蓄をするのも当たり前の事であったが、今ではコンビニだよりである。
詰まり、雪国の人々の生活習慣が大きく変わったことが、原因だと思う。
新しい家では、二階部に出入り口を付ける家を減っているという。
因みに、江戸時代の気象は、今よりも温度が低かったと言うから、今以上に豪雪だったはずである。
私が小学生だったときは、この季節毎日、氷が張っていたし、霜も凄かった。
東京でも毎日氷点下でであった記憶がある。
だから、昔のように、豪雪地帯の人達は、一冬分の食料備蓄をした方が良いのでは・・・
地方都市へ行って感じることが、何処へ行っても東京のような街並みで、面白味が無い。
盛岡市内に行ったとき、ミニ吉祥寺の様であったが、街自体はショボイのだ。
どうして、それぞれ地方独自の街作りをしなかったのかが不思議である。
例えば、京都だ!!!
何故、京都の市内地に現代的な無機質なモルタルの建物を建てさせたのかが意味不明である。
ヨーロッパ等の歴史ある国なら、旧市街と新市街を作るはずである。
詰まり、御所や二条城のある京都駅から北側を、旧市街地として、そのまま保存すれば良かったのだ。
結局、観光客が好むのは「小京都」(私的には嫌いな単語である)的な、歴史を感じさせる街並みの残っている場所である。
東京人に言わせれば、車で何時間も移動したり、新幹線に乗ってわざわざ行って、ミニ東京を観てもガッカリだ!!!
はっきり言って、通常の食べ物ならば、東京の方が美味しいのは決まっている。
我々は、御当地ならではの物を楽しみに行くのだ。
もう10年位前だろうか、安比高原にスキーに行ったときに、マッサージのおじさんが言っていたが「隣の雫石には、今でも夜這いの風習が残っている」と言っていた。
昔、東北を初めとする豪雪地帯は、部落毎に孤立していた。
その雪を掻きながらやってくる旅人は、遺伝子的にも優れいると思い、人妻が夜這いに来たというのだ。
そして、その人の子供を宿し、集落に違う血を入れていたというのだ。
昔は、子供が多かったので、その内の何人かは、旦那と血が繋がっていなかったらしい・・・
今でも、フランスでは、3人以上子供がいれば、その内の1人は、お父さんが違うという話を聞く。
雪も怖いが、女性の心もそれ以上に怖いのでは・・・
今も、青森で昨晩の猛吹雪で、車が立ち往生している様子が映っている。
でも、善く善く考えると、これって天から、我々に対する戒めのように思えてしまうのは、私だけであろうか?
皆、忘れてはいけないのは、青森から日本海側でいえば、福井まで、昔から大雪地帯であったのだ。
今、馬鹿報道が連日騒いでいるように「買い物行けない」・「年寄り大変」・「子供が可哀想」と報道しているが、そこには古来より人々が住み続けているのだ。
では、江戸時代の人達は、こういった雪で凍死していたのか?餓死していたのか?と尋ねたい!!!
因みに、戦国時代でも、豪雪地帯では、休戦状態になる。
兵が移動できないからであるから、当然であるが・・・
では、江戸時代と今と何が違うのかである。
それは、冬でも快適な生活になった事かも知れないが、私は豪雪地帯でも、移動が出来るようになった事だと思う。
昔は、冬になり雪が積もれば、各部落が孤立するのは当たり前で、一冬分の食料等の備蓄をするのも当たり前の事であったが、今ではコンビニだよりである。
詰まり、雪国の人々の生活習慣が大きく変わったことが、原因だと思う。
新しい家では、二階部に出入り口を付ける家を減っているという。
因みに、江戸時代の気象は、今よりも温度が低かったと言うから、今以上に豪雪だったはずである。
私が小学生だったときは、この季節毎日、氷が張っていたし、霜も凄かった。
東京でも毎日氷点下でであった記憶がある。
だから、昔のように、豪雪地帯の人達は、一冬分の食料備蓄をした方が良いのでは・・・
地方都市へ行って感じることが、何処へ行っても東京のような街並みで、面白味が無い。
盛岡市内に行ったとき、ミニ吉祥寺の様であったが、街自体はショボイのだ。
どうして、それぞれ地方独自の街作りをしなかったのかが不思議である。
例えば、京都だ!!!
何故、京都の市内地に現代的な無機質なモルタルの建物を建てさせたのかが意味不明である。
ヨーロッパ等の歴史ある国なら、旧市街と新市街を作るはずである。
詰まり、御所や二条城のある京都駅から北側を、旧市街地として、そのまま保存すれば良かったのだ。
結局、観光客が好むのは「小京都」(私的には嫌いな単語である)的な、歴史を感じさせる街並みの残っている場所である。
東京人に言わせれば、車で何時間も移動したり、新幹線に乗ってわざわざ行って、ミニ東京を観てもガッカリだ!!!
はっきり言って、通常の食べ物ならば、東京の方が美味しいのは決まっている。
我々は、御当地ならではの物を楽しみに行くのだ。
もう10年位前だろうか、安比高原にスキーに行ったときに、マッサージのおじさんが言っていたが「隣の雫石には、今でも夜這いの風習が残っている」と言っていた。
昔、東北を初めとする豪雪地帯は、部落毎に孤立していた。
その雪を掻きながらやってくる旅人は、遺伝子的にも優れいると思い、人妻が夜這いに来たというのだ。
そして、その人の子供を宿し、集落に違う血を入れていたというのだ。
昔は、子供が多かったので、その内の何人かは、旦那と血が繋がっていなかったらしい・・・
今でも、フランスでは、3人以上子供がいれば、その内の1人は、お父さんが違うという話を聞く。
雪も怖いが、女性の心もそれ以上に怖いのでは・・・