日本人は、良く他人と揉めると「話せば分かる」と言う。

昨日から、CATVで放映していた「20世紀少年」を観た。
確かに、面白かったし、大作であるのは分かった。
しかし、最終章で「ともだち」が世界を崩壊させ、新世界を築いていて、それに抵抗する地下組織が存在した。
しかし、地下組織が、武装解除して、話せば分かる的な脚本に興醒めした。
そもそも、人類滅亡計画を立てて、実行している組織に話して分かるか?と笑ってしまう。

これって、屠殺前の牛や豚の心を理解して、殺すのを止めるのと同じだ。
家畜だって生き物で、生きる権利は神仏から我々人間と平等の筈で、彼らだって殺されて食べられたくは無いはずだ。
しかし、我々は家畜を物と同じように取り扱い、平気で殺し肉を食べている事実がある。
もし、家畜らと会話が出来たら、果たして話して分かるであろうか?

そもそも「話せば分かる」は、絶対的条件として、同じ価値観を有していなければならない。

例えば、冷戦時代の1980年代、実は人類滅亡一歩手前まで言っていた。
米ソが核戦争突入(第三次世界大戦)寸前だったが、レーガン大統領とゴルバチョフ書記長のトップ会談で、戦争が回避された。
文字通り「話せば分かる」であった。
しかし、方や資本主義(拝金主義)であり、もう一方は、共産主義の砦であった。
言い換えれば、水と油であった。
では、何故話して分かったのであろうか?
それは、彼らの根底、価値観がキリスト教であったためである。
国の主体、宗派こそ違い、同じ神、同じイエスを信じているのだから、最終的には折り合いが付いたのであろう。
それからすると、イスラムとの戦いは、大変であることが分かる。

だから、アメリカは先の大戦での、大日本帝国の「神風」が心底恐ろしかったに違いない。
そもそも、キリスト教は自殺を禁止しているが、神風は「命を神に捧げる」であろうので、欧米の常識が通用しないのだ。

中東の戦争(パレスチナやイラク、イラン、アフガニスタンを含む)も、我々の常識は通用しない。
良い悪いでは無く、価値観、常識が違うのだ。
「日本の常識は、世界の非常識、世界の常識は、日本の非常識」と良く言うでは無いか!!!

人間は、信念のために戦うのだし、もし、妥協したら、それは心の隷属を意味し、神に対する裏切りである。
だから、中東は戦い続けている。
その信念が、大日本帝国の崩壊以降、我々日本人に無くなった大切な心である。

私が住んでいるLAのサウスベイ地区は、高級住宅地であるため「人を殺すことは悪いこと、人の物を盗むのは悪いこと」の常識を皆が共有しいてる。
しかし、同じLAでもサウスゲート、コンプトン辺りでは「殺される奴が悪い、盗まれる奴が間抜けだ」が常識となっている。
我々はそのような所へは住むことが出来ない。

「話しても分からない」地域の方が、この地球上では多いことを忘れてはいけない。