12月になると、馬鹿の一つ覚えのように、忠臣蔵が話題になる。
はっきり言って、私はあの話が嫌いである。
「何故嫌いか?」と言うと、忠臣蔵の話は、作り話であるからだ。
今、我々の知っている忠臣蔵の話は、史実では無く、戯曲「仮名手本忠臣蔵」の登場人物を、明治以降に歴史上の人物を当てたものである。
史実で無いと書いたが「松の廊下」事件と「吉良邸討ち入り」は史実である。
この話は長くなるので、何回かに分けるが、まず最初に、次のことを頭に入れて欲しい。
ここにふたり通りの殿様がいる。
前者は、祖父が分家した折に、どうしても城に住みたいといって、多額の借金をして城を建てた。
当時はすでに太平の世の中で、城を建設する必然性は全くない。
そして、孫の代になっても借金は返済出来ずに、最終的に増税増税で民を苦しめた。
後者は、良民と共に歩み、金を道路整備、河川整備に使い、民か慕われていた。
さあ、彼方ならどちらの領民になりたいか?
前者って、今の日本国政府みたいだけど、前者が浅野家で後者が吉良家である。
では、何故忠臣蔵という話が起こったのかを考えねばならない。
忠臣蔵の話は、皆知っている前提で話を進めるが、元禄14年3月14日に、朝廷より使わされた勅使接待中に、播州赤穂藩藩主浅野内匠頭長矩が、高家筆頭吉良上野介義央に殿中松の廊下にて刃傷に及んだことに始まるが、幕府の裁定は、浅野内匠頭切腹、吉良上野介は構い無しであった。
話の中では、この裁定が納得いかないとなっているが、本当であろうか?
分かりやすく書くが、当時の法律で、殿中に於いて私事で「単刀を抜くと切腹」と決まっていた。
詰まり、幕府はこの一点のみで裁決したのだ。
話のように吉良が浅野にした嫌がらせが有ったか無いかには触れていないのだ。
浅野が懐刀を抜いて、吉良に切りつけた事実のみで切腹となった。
これだけならば、大石内蔵助を始めとする赤穂藩士も納得していたはずだ。
では、何を納得できなかったかというと、赤穂藩取り潰しであろう。
次回へつづく。
PS 故人曰く「名君、忠臣並び立たず」という格言がある。
この事からも、浅野内匠頭が名君で無いことが物語られている。
はっきり言って、私はあの話が嫌いである。
「何故嫌いか?」と言うと、忠臣蔵の話は、作り話であるからだ。
今、我々の知っている忠臣蔵の話は、史実では無く、戯曲「仮名手本忠臣蔵」の登場人物を、明治以降に歴史上の人物を当てたものである。
史実で無いと書いたが「松の廊下」事件と「吉良邸討ち入り」は史実である。
この話は長くなるので、何回かに分けるが、まず最初に、次のことを頭に入れて欲しい。
ここにふたり通りの殿様がいる。
前者は、祖父が分家した折に、どうしても城に住みたいといって、多額の借金をして城を建てた。
当時はすでに太平の世の中で、城を建設する必然性は全くない。
そして、孫の代になっても借金は返済出来ずに、最終的に増税増税で民を苦しめた。
後者は、良民と共に歩み、金を道路整備、河川整備に使い、民か慕われていた。
さあ、彼方ならどちらの領民になりたいか?
前者って、今の日本国政府みたいだけど、前者が浅野家で後者が吉良家である。
では、何故忠臣蔵という話が起こったのかを考えねばならない。
忠臣蔵の話は、皆知っている前提で話を進めるが、元禄14年3月14日に、朝廷より使わされた勅使接待中に、播州赤穂藩藩主浅野内匠頭長矩が、高家筆頭吉良上野介義央に殿中松の廊下にて刃傷に及んだことに始まるが、幕府の裁定は、浅野内匠頭切腹、吉良上野介は構い無しであった。
話の中では、この裁定が納得いかないとなっているが、本当であろうか?
分かりやすく書くが、当時の法律で、殿中に於いて私事で「単刀を抜くと切腹」と決まっていた。
詰まり、幕府はこの一点のみで裁決したのだ。
話のように吉良が浅野にした嫌がらせが有ったか無いかには触れていないのだ。
浅野が懐刀を抜いて、吉良に切りつけた事実のみで切腹となった。
これだけならば、大石内蔵助を始めとする赤穂藩士も納得していたはずだ。
では、何を納得できなかったかというと、赤穂藩取り潰しであろう。
次回へつづく。
PS 故人曰く「名君、忠臣並び立たず」という格言がある。
この事からも、浅野内匠頭が名君で無いことが物語られている。