念願だったチャコキャニオンに到着した!!!
LAの自宅から1200㎞の長旅であったが、よくよく考えたら、家に帰るのに、もう1200㎞走らなければ成らない!!!

チャコキャニオンに付いて少し説明すると、今から1000年前に作られ、高度な天体観測技術と石工技術を持った何者かが住んでいたらしい。

なんでも、ここの観測は、天体もそうだが、地球の地軸を調べていたらしい。
ここから、西にはモハベーがあり、チャコとモハベーの位置関係が、エジプトのギザのピラミッドのように、オリオン座を表しているという。

これは、我々の神々が、そこら辺から来て、人類を創世し、又殺処分をするという言い伝えから、地軸を観察していたという。

地球にいる管理人は、神々への人類滅亡を知らせる手段として、地球の地軸をずらすというのだ。

これを呼んでいる諸氏は「そんな馬鹿な事あるか!!!」と思うであろうが、実は、数年前のトルコ大地震で既に地軸がコンマ何度ずれたのだ。
又、今回の東北3.11でも、地軸がずれたという!!!

これで、人類滅亡のカウントダウンが開始されたと言うのだ。
その事と、マヤ文明の暦とが、不気味に一致している。
西暦2012年の12月に、火の文明が終わるとある。
我々、火の文明の前に、既に2つの文明が抹殺されているらしいのだ。

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そして、このチャコキャニオンが、北米大陸唯一の遺跡である。

しかし、南米のアステカ、中米のマヤ、そして北米のチャコ、陸続きだから、何らかの関係があるのかも知れない。


因みに、ここは世界遺産に登録されているらしい。

残っている遺跡の建物を見ると、見事に細かい石が積み上げられているのだ。

その間をモルタルらしき物で固めてあった。

建物は2階建てと3階建てがあった。

背後の垂直に切り立った大きな岩山が、不気味で、所々岩が溶けたように成っており「レーザーで撃たれた?」と思えるほどである。

でも、雰囲気的に、実は超古代文明により、岩山がくりぬかれ、中に都市があるような感じはした。


我々は現代文明が、地球の歴史上で一番進んでいると思っているが、それは大間違えである。

例えば、古代ローマ帝国は、上下水道が完備され、道は舗装されていた。

勿論、トイレは水洗であったが、ローマ帝国滅亡後のヨーロッパを見れば、明らかに文明は退化していたことが分かる。

16世紀にルイ王朝のフランスですら、道は泥まみれ、トイレは無く、王侯貴族ですら立ちションかオマルである。

庶民に至っては、糞尿を窓から捨てていたのだ。

日本を見てみると、江戸時代は、町にゴミが落ちておらず、完全リサイクル社会であったが、現代の東京はゴミだらけである。

江戸時代に無かった物は、電気とガスだけだ。

余談だが、江戸の町には井戸は無い。

海を埋め立てて作った都市であるから、掘れば当然海水である。

だから、江戸の町には水道が引かれていたのだ。

それと、今回の地震で、最先端の技術で埋め立てたはずの浦安は、液状化で悲惨な目に遭ったが、江戸の街はどうであろう?

江戸時代に埋め立てられた新橋、銀座、築地等々、液状化したか?

これでも、文明は今の方が凄い?


それに、インドのモヘンジョダロという遺跡があるが、これが7000年前に終焉を迎えたらしいのだ。

7000年前と言えば、我々が歴史で習った世界4大文明の一つのインダス文明より古いことになる。

さらに、この都市は、上下水道完備されていたのだ。

そして、最も恐ろしいのが、この町が滅んだ理由である。

学者達の結論は、核戦争だったらしい。

今でも放射能のホットスポットがあるらしいし、砂がガラス上に変形している後も多く見つかっている。

砂がガラスに成る温度と言えば、核爆発の時の温度で無いと説明が付かないらしい。


それよりも、凄いのが、このチャコキャニオンである。

世界遺産にもかかわらず、幹線道路からチャコ文化国立歴史公園までの30㎞が、舗装されていないのだ!!!

入り口には「自己責任で!!!」とある。

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今の日本無いことである。

バイクで未舗装林道を楽しもうと思っても、危険だから入れないとか「馬鹿か!!!」と言いたい。

いい年した大人が、自己責任で楽しみたいと言っているのに、本当にガキ社会にほどほど嫌に成る。

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信じられるか? 世界遺産のチャコに行くのに、この様な未舗装のアップダウンを永遠30㎞も進むことを!!!

しかし、Rachel号はたいしたものだ!!!

往復60㎞、よくぞ舗装用に作られたプリウスが走ってくれた。

タイヤがダートに埋まってるよ!!!

これで、プリウスは何処でも行けると私が証明しました。

何故、ある意味ダイエットかと言うと、先ずダートの運転に気も使い、全身の筋肉の緊張!!! そして、広い遺跡をちょこまかして、約8000歩歩いたからだ!!!

帰り道は、吹雪いていた。

ノーマルタイヤだったので、怖かったが、コンボイの後を付いて走った。

今夜は、FlagStaffのホテルで一泊して、明日自宅へ戻る。

ここからだと7時間ほど走れば自宅である。

気温は0度で、今ぐらいの東京より遙かに寒い。

しかし、アメリカの広大さを思い知らされる旅である。

昨日も書いたが、ここはルート66上の場所である。

男のロマンだ!!!