国としての歴史は
実は日本が豪いほど長い。
アメリカの歴史は約250年。
中国の歴史は70年。
勿論文明としての中華文明は
もっと長いというがおそらく唐滅亡後に
殆ど民族交換が行われている。
どちらかと言えば秦滅亡後、
後漢滅亡後の中国人の避難民
は大挙して日本に渡来し原住民と
同化している。
そう考えた時に
日本はどれだけ恵まれていることか
日本海という天然の要害に守られ、
親潮・黒潮という寒暖の海流がもたらす
自然の恵みは豊富な水やその微妙な
四季がもたらしてきたのです。
最もその恩恵を上手く利用していたのが
縄文人であり、その末裔たる
陸奥国に住む蝦夷であり、
朝廷から俘囚と
呼ばれた東北の先住民です。
おそらく縄文前期にあった
鬼界カルデラの
破局噴火
により九州にあった縄文文明が
滅び、噴火の影響を避けるために
青森の
三内丸山遺跡は
もしかするとその避難民が
くにとして作ったんではないか
と以前言いましたが
文明を滅ぼしてきた自然災害!
破局噴火(スーパーボルケーノ)
による九州縄文文明の消滅
http://ameblo.jp/caesar1812/theme-10035636483.html
とにかく何故、縄文文明は
中央ではなく北と南に
残ったかはいまだ謎です。
そして今回、
世界遺産登録
された平泉は
東北人にとっては
特に陸奥国側
(主として太平洋側)
当時の陸奥国は平安初期には
貞観地震や大津波が起きており
そして中期かけては
前九年の役
後三年の役
などが発生し
同じ東北人が
元々が同根だった
縄文文化の
継承者たちが
骨肉の争いを行った
舞台があの平泉周辺であり
その戦禍は
当時、信じられていた
末法思想
の発現と
思われていました。
時の勝者である
清原清衡が
その戦禍の鎮魂と
国家の繁栄を祈願して
建立したのが
中尊寺です。
今回の平泉世界文化遺産は
きっと東北被災地の鎮魂と
今後の繁栄を祈願した
偉大な奥州藤原氏の
時空を隔てた
復活と繁栄の願いが
伝わってきます。
東北人は
もっと故郷に自信を持ちましょう
縄文人が既に
津波の害が
及ばない場所
に居住地をつくっていた事実を
思い出しましょう。
先達の知恵!縄文人の防災意識!
東松島の里浜貝塚遺跡群が津波直撃を免れる!
http://ameblo.jp/caesar1812/entry-10889213355.html
中央に
媚を売ることなく
本来豊かな
東北は
自活できた
事を思い出し、
つまり自分たちで
復興し大きく繁栄
できることを
思い出しましょう。
この千年の間
東北は自分たちの
アイデンティティを
中々発揮できませんでした。
奥州藤原氏の
時代から現代まで
仙台を中心にそうなったのは
中央との
戦禍を
避けるため
の先人の
止むに止まれる
生き抜く哲学
だったのです。
ですが今はもう
国内戦禍の心配もなく
そして東北本来の姿では
ありません。だから
もっと昔の偉大な
縄文文明を
思い出しましょう。
そして普段
おとなしい
東北人が
激しく集う
東北の
夏祭りを堪能し
今後の復興を
考えていきたい
と僕は思います。






