- 今回ご紹介する林順治さんの「日本人の正体」はかなり過激です。
というかもう古い考えかも知れません。ある意味・・・。
戦前の皇国史観からの反動で、古代のあらゆる天皇の実在を否定してきた
戦後の歴史学界の流れを汲んでいるように思えてなりません。
それと文献重視の謎解きはちょっと説得性に欠ける部分も感じます。
でもちょっと納得できる部分も結構あります。
一つは聖徳太子がいた時代の蘇我一族。
本来彼らが天皇であったというとんでもない内容。
そして蘇我馬子≒用明天皇≒聖徳太子であったという。
前もお話ししましたが僕はどちらかと言えば聖徳太子のモデルは
蘇我馬子ではなくその子蝦夷か孫の入鹿ではないかと思っていますが。
これが余談であって本題はここから。
大和朝廷は朝鮮からの渡来人(加羅人、百済人、新羅人、高句麗人)
により断続的に征服されて政権が樹立された。
最終的に王朝を打ち立てたのは応神天皇であり、彼は百済王族であった。
その前に日本に王権を立てていた祟神天皇は実は加羅の出身だったとか。
多分これらの王朝を開いた方たちは多分、朝鮮から来た人だと思われます。
僕も賛成です。ある意味でも。もう少し整合性を検討して頂きたい。
それは現在祀られている神様との関係です。こだわっていますが。
応神天皇が以前にお話しした通り、日本であれだけ神社数が多いのは
おそらくの日本の始祖だからだと言いました。これは僕の勝手な推論です。
でもそれだけではありません。例えば熊野大社系で祭神となっている
スサノオノミコトもおそらく古代の大王だった事でしょう。
それに三輪の大神神社に祀られている大物主についても
どうだったんでしょうか。祟神天皇時代にも一言主として登場しています。
つまりこの古代の謎とき本当に難しいのです。
その為、これからも色々な文献を紹介していきますが
そのたびに結論が変わるかも知れません。
但し、僕の結論は
(1)当時の大王はおそらく神として祀らている
(2)日本書紀では同一人物が何人かに分断され、また時代も変えられている
(3)日本書紀、中国や朝鮮の歴史書、考古学的事象、神社などの由縁
などを総合して検証する必要がある。
今回はちょっと説明不足かも知れませんが断食のせいでしょうか。
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