人間の構成

 人間について、もう一つ考えておきたいのが、人間の構成に関してです。人間の構成については、西方教会の伝統では精神と肉体から成るとする二分説が主流ですが、霊と魂と肉体から成るとする三分説唱えられてきました。改革派のL・ベルコフは二分説に、バプテストのH・シーセンは三分説に軍配を上げています。しかし、近年では新約聖書はギリシャ語で書かれてはいるがヘブライ的観点から読むべきだという説が強く、M・エリクソンはA・T・ロビンソンを引用しつつ一元論を支持しています

 

一元論と聖書解釈の前提 

 たとえば旧約聖書で「心」と訳されることばヘブル語で内臓を意味することばであることは、肉体と精神が一体なのだということを示しているのでしょう。新約聖書が人間の究極の救いを「からだのよみがえり」と表現しており、しかも、復活のからだは「御霊に属するからだ」(Ⅰコリント15・44)としている点からいえば、聖書は確かに人間を一元的に捉えています。人間というのは霊と魂とからだであれ、精神とからだであれ、二つ三つの実体に分割することはありえないするのが一元論

 確かに、聖書には精神を善として、肉体(物質)を悪とするグノーシス主義の二元論はありません。グノーシス主義では物質世界を造った神はデミウルゴスと呼ばれる悪い神であり、精神を創造した父なる神は別のものであると教えていました。しかし、聖書によれば、精神だけでなく肉体(物質)も神の被造物です。

 パウロ書簡の中には、「肉が望むことは御霊に逆らい、御霊が望むことは肉に逆らう」(ガラテヤ5・17)という、精神を善、肉体を悪としているかに見える記述がありますが、パウロがいう「肉(サルクス)」とは肉体(ソーマ)を意味するのではなく、肉体的・精神的を問わず神のみこころに反する人間の自己中心的な性質を意味しています。それは次のことばから明らかでしょう。「肉のわざは明らかです。すなわち、淫らな行い、汚れ、好色、偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、憤り、党派心、分裂、分派、ねたみ、泥酔、遊興、そういった類のものです。」(ガラテヤ5・19-21)この「肉の行ない」のリストには、淫らな行いや好色という肉体的な罪だけでなく、偶像礼拝や敵意や憤りといった精神的な罪も含まれています。

 けれども、ヘブル思想が本来的な聖書教えであり、新約聖書はいわばヘブル思想をギリシャ語で表現したにすぎないから、一元論が正しいという主張には疑問があります。もしそうだとしたら、新約聖書のギリシャ語本文を厳密に釈義することは無意味になってしまいます。

 確かに、旧約聖書が人間の統一性を強調して教えているのは事実ですし、キリストにある救いの本筋は、肉体の死後、霊だけキリストの御許に行くことではなく、主の再臨の日にからだのよみがえりを得て、新天新地に住むことであると教えているのも事実です。しかし、同時に、新約聖書は人が肉体の死後、復活までの暫定的な期間、霊だけで存在する中間状態があるとも教えています。金持ちとラザロの話で、死後、ラザロアブラハムの懐へ連れて行かれ、金持ちはよみに落ちたとあります。復活までの中間的状態であるとはいえ、人は肉体を離れた精神的存在としてありえるのです(ルカ16・19-31)。また、パウロが「私は、その二つのことの間で板ばさみとなっています。私の願いは、世を去ってキリストとともにいることです。そのほうが、はるかに望ましいのです。しかし、この肉体にとどまることが、あなたがたのためにはもっと必要です。」(ピリピ1・23-24)という箇所からも、人は死後、復活までキリストの御許にいるという中間状態があることがわかります

聖書は、人間を基本的には一元的に捉えていますが、中間状態の時期、人間を構成する霊的な部分が肉体から分離した状態がありえることも教えています。ですから、それをギリシャ的だと言って無視したり軽視する態度は間違っています。

すべての民族国語に福音があかしされて異邦人宣教が完成するまでは、主の再臨と審判が来ないことが明らかになる中で、教会において死者の霊がどこでどういう状態でいるのかということが課題となり、大切にされたのは無理からぬことなのです。

 

二分説

 西方の神学の伝統の中で広く支持された二分説は、人間物質的側面と精神的側面という両面から見ますそして、霊(プネウマ)と魂(プシュケー)は、同じ精神的側面を指している同義語であるとします。その根拠は、人間をプシュケーとソーマ(からだ)から成るとしている聖書箇所と、人間をプネウマとソーマから成るとしている聖書箇所があるからです。まず、人間をプシュケーとソーマから成るものとして記している箇所は次のとおりです。

 「ですから、わたしはあなたがたに言います。何を食べようか何を飲もうかと、自分のいのち(プシュケー)のことで心配したり、何を着ようかと、自分のからだ(ソーマ)のことで心配したりするのはやめなさい。いのち(プシュケー)は食べ物以上のもの、からだ(ソーマ)は着る物以上のものではありませんか。」(マタイ6・25-26、ほかにマタイ10・28も参照)

 他方、人間をプネウマとソーマから成るとしている聖書箇所は次のとおりです。

 「私は、からだ(ソーマ)は離れていても霊(プネウマ)においてはそこにいて、実際にそこにいる者のように、そのような行いをした者をすでにさばきました。」(Ⅰコリント5・3-4)

 これらの箇所を合わせて考えると、確かに、プネウマとソーマは交換可能な同義語であるように見えますから、二分説が正しく思えます。(ほかにも、ローマ8・10、Ⅰコリント5・5、同7・1、エペソ2・3、コロサイ2・5などを参照)


三分説
 人が霊(プネウマ魂(プシュケー からだ(ソーマ)から成っているという三分説は古代ギリシャの形而上学の影響であるという説明をときどき見かけますが、実際にはギリシャ哲学ではプネウマとプシュケーはどちらも「気息」を意味したことばで、定式化された区別は見られません。紀元前四世紀の哲学者プラトンは、プシュケーは知と徳の座であるとし、弟子のアリストテレスは、植物的プシュケー・動物的プシュケー・理性的プシュケーと区別していますから、この場合プシュケーは生物とか生命と訳すのが適切でしょう。

 三世紀のオリゲネスは「魂は弱い肉と燃える霊との中間に位置する」とは言っていますが、魂(希プシュケー、羅anima)とは精神(希ヌース、羅メンス)が頽落した状態を意味すると言っていて、三分説を明確に説いているわけではありません(『諸原理について』2巻8)。

 聖書の中で三分説の根拠となる代表的箇所の一つは、「あなたがたの霊(プネウマ)たましい(プシュケー)、からだ(ソーマ)が完全に守られますように。」Ⅰテサロニケ5・23。また、ヘブル書4章12節には「神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄を分けるまでに刺し貫き」とあることからも、魂と霊は確かに区別が難しいけれども、区別されうることがわかります先に見たように、聖書のいくつかの箇所でプシュケーとプネウマという語が交換可能であることを示しているのは事実ですが、それは両者がヘブル書が言うとおり区別が難しいからでしょう。しかし、厳密には区別可能なのです。

 さらに第二コリント4章16節から5章10節を理解するには、二分説よりも三分説が有利でしょう。「ですから、私たちは落胆しません。たとえ私たちの外なる人は衰えても、内なる人は日々新たにされています。」(Ⅱコリント4・16)

 この箇所の後には、地上の住まいである幕屋(同5・1、6参照)を去って、「天からの住まい」(同5・4)つまり復活のからだを着ることについて述べている文章が続きます。したがって、「外なる人」は、地上の住まいである幕屋を意味しています。 ところで、「外なる人」と「内なる人」の違いは何かといえば、新生した者の「外なる人」は衰えるけれども、「内なる人」は日々新たにされているということです。だとすると、「外なる人」には新生した人のどういう面が属しているのでしょうか。老化によって衰えるのは、視力、聴力、腕力、脚力といった肉体的な機能だけではありません。知性は衰えて記憶力や判断力が怪しくなり、意志も衰えて行動力がなくなり、感情も鈍麻するものです。したがって知性と感情と意志は「内なる人」でなく「外なる人」に属しているわけです。

 人間の構成を、からだ・魂・霊に区別し、かりに知性・感情・意志の働きを魂(プシュケー)に属するものであるとすれば、からだと魂が「外なる人」であり、霊が「内なる人」であるということになるでしょう。つまり、御霊を内住させている人は、からだと魂の機能が障害や病気で故障しても、霊は日々新たにされるのです。

 もう一か所、三分説に有利な聖書箇所を挙げておきます。「生まれながらの人間(プシュキコス・アンスローポス)は、神の御霊に属することを受け入れません。それらはその人には愚かなことであり、理解することができないのです。御霊に属することは御霊によって判断するものだからです。」(Ⅰコリント2・14)

「兄弟たち。私はあなたがたに、御霊に属する人(プネウマティコス)に対するようには語ることができずに、肉に属する人(サルキノス)、キリストにある幼子に対するように語りました。」(Ⅰコリント3・1)

 ここでパウロは人間を、まず「生まれながらの人(プシュキコス)」と、キリスト者に区別し、さらにキリスト者を「御霊に属する人(プネウマティコス)」と「肉に属する人(サルキノス)」に区別しています。そして、「肉に属する人」は、「ただの人」つまり「生まれながらの人間(プシュキコス)」のように歩んでいると言っています(Ⅰコリント3・4)。つまり、御霊を受けたキリスト者であっても、プネウマに支配された者とプシュケーに支配された者がいて、プネウマに支配された人はキリスト的な生き方をしますが、プシュケーに支配された人は生まれながらの人と、その生き方にさほどの差がないのです。

 私は牧会の現場で人々の回心と変えられて行く姿を見てきて、人間の構成を二分説と考えるよりも、右のように三分説と考える方が妥当であると考えるようになりました。それは、たとい先天的に知能に障害がある人であっても、もし神がその人のうちに聖霊をくださるならば、その人は確かに救われ新しくされるからです。その人は知能に障害があるために、救いの喜びや確信を健常者のようには理路整然と説明できないのですが、確かに神の前に新しい人生を歩み始めるのです。

 また脳腫瘍や認知症で脳が病んで後天的に「外なる人」が障害を負った場合、その人の言動は正常ではなくなります。もし二分説に立つならば、その異常な言動はただちにその人の神の前での信仰が正常でなくなったことを意味することになるでしょう。しかし、三分説で考えるならば、たとえ「外なる人」に属する脳が病んだゆえにその人の知・情・意が正常に機能しなくなったとしても、その人の「内なる人」である霊は聖霊のゆえに神の前に日々新たにされていると理解することができます。

 聖書は「外なる人(ソーマとプシュケー)」を蔑んでいるのではありません。「外なる人」もまた神が私たちに託されたものです。人間はキリストにあって新生して聖霊に満たされるならば、魂とからだも統合されて、神の栄光のためにプシュケーとソーマを用いることができます。

(付録)人間の個性と聖霊の働き

 二十世紀の中国人伝道者ウォッチマン・ニーの『霊の解放』を参考にしつつ、三分説を背景としたキリスト者の個性と聖霊の働きについて説明したいと思います。

 エルサレム入城が迫っていた日、主イエスの一行はベタニアのマルタ、マリア、ラザロの家を訪ねました。主がラザロを死からよみがえらせてくださった直後のことです。エルサレム入城を目前に緊張していた弟子たちでしたが、今はよみがえりの奇跡を見せられたので、勇気凛々、野心に満ちた面持ちでマルタが整えた食卓についていました。けれども、主イエスひとりは沈んだご様子です。主イエスの目はエルサレム入城の向こうにゴルゴタの十字架を見ておられたからです。
 そんな主イエスをマリアはお慰めしたいと思い、母の形見か嫁入り道具だったナルドの香油を主に注ぎました。主が「彼女は……埋葬に備えて、わたしのからだに、前もって香油を塗ってくれました」(マルコ14・8)とおっしゃっていることから推論すると、野心的な弟子たちとちがって、素朴に主を愛するマリアひとりは、主の胸に秘められた悲しみを感じ取っていたようです。ナルドの香油は揮発性が高いので石膏の壷に入れて密閉されていましたが、マリアはこれを割って、惜しげもなく主イエスに注いだのでした。すると、家は香油の香りで満ちました(ヨハネ12・3参照)。もしマリアが香油の壷を割らなければ、香りが家に満ちることはなかったでしょう。割ったからこそ、その香りが中から出てきたのです。

 ウォッチマン・ニーは、この壷を魂(プシュケー)に、香油を聖霊に譬えます。キリスト者は誰しも内に聖霊を受けていますが、その人の魂が砕かれるまでは、その人の内から聖霊のかぐわしい香りが出てくることはありません。しかし、もしその人の魂が砕かれるならば、その人の内から聖霊の香りが出てきます。
 人は「外なる人」つまり魂とからだにおいて、それぞれ自負するものに恃(ルビ:たの)んで生きています。ある人は自らの美しい容姿に恃み、ある人は腕っぷしに恃み、ある人は己の知性に恃み、ある人は芸術的感性に恃み、ある人は意志的行動力に恃んでいます。そして人は自負するものによって自我かたくなにしています。新生した人はみな聖霊を受けていますが、自負するものをはぎ取られ、自我が砕かれるまでは、御霊の実が結ばれることも、聖霊の自由な働きも始まりません。自我が石膏の壷のように、聖霊の解放を妨げているからです。
 若き日のモーセは、不思議な摂理によってエジプトの宮廷で「ファラオの娘」の子として育てられ、「エジプト人のあらゆる学問を教え込まれ、ことばにも行いにも力」(使徒7・22)ある者となりました。雄弁術・政治学・軍事学・法学・文学などを学んだわけです。四十歳になったモーセは、正義感に燃えて、奴隷とされている同胞イスラエルを救うために、宮廷を去って立ち上がるという英雄的行動に出ました。しかし、意に反して、イスラエル人はモーセを拒絶します。結局モーセは行き場を失い、ミデアンの荒野に逃れて四十年、羊飼いとして過ごすことになります。荒野の課程を終えた時、主なる神は、燃える柴の中からモーセに、「わたしはある」という名をお告げになり、彼を神の民イスラエルのエジプト脱出の指導者としてお召しになりました。
 その時、モーセはひたすら「私は口べたなのです」(出エジプト6・12)と召しを固辞しようとしました。羊を相手に数十年過ごせば、口べたになるのも当然です。今の彼は「ことばにも行いにも」何の自負するところがありません。肩書と名声はすでなく、学問と雄弁はすっかり錆び付いていました。実は、主はモーセが自ら恃むところがすっかりなくなるのを待っておられたのです。主のしもべは、自らの知恵にも力にも恃まず、ひたすら主に頼る者でなければならないからです。
 そして自負したものが、神の前ではちりあくたにすぎないものだと悟り、ただひたすら主に信頼する者となったなら、神はその人に与えた学問や力や経験をも活用して御業を成し遂げさせるのです。かつてエジプトで身に着けた政治学や軍事学、そして羊飼いとして荒野に過ごした経験は、モーセが外敵と戦いながら数十万のイスラエルを率いて荒野を旅する上で用いられ、文学や法学はモーセ五書を記す上で用いられることになるのです。
 石膏の壺が砕かれるとき、香油がかぐわしい香りを放つように、「外なる人」が砕かれ、これに恃むことの空しさを知るとき、聖霊はその人の賜物をも十分に活用してくださるのです。