現代神学09

解放の神学Teología de Liberación

 

1 解放の神学の成立過程

 

 「解放の神学」ということばが最初に使用されたのは19687月、ペルーのチンボテで開かれた司祭の集まりでグスタボ・グティエレス神父が自分の考える神学を「解放の神学」と呼んだことによる。解放の神学の古典にあたる二冊の書は、グティエレス『解放の神学―その見通し』と、ウーゴ・アスマン『抑圧と解放―キリスト者の挑戦』である。

 解放の神学は、キリスト教は貧しい人々の解放のための宗教であるという観点から、聖書を解釈しなおし、神学を構築しようとする。解放の神学は、貧者こそ霊的な存在であるとして、その主体性を認め、貧者から学ぶということを重視している。ジョン・ソブリノS.J. によれば、貧困は神の恵みへの特権的な通路である。フィリップ・ベリマンによれば解放の神学は「貧苦と闘い希望を持つ者のキリスト教信仰の解釈であり、社会とカトリック信仰、キリスト教への貧者からの批判」であり、民衆の中で実践することが福音そのものであるとされる。

 解放の神学におけるイエス像は「解放者としてのイエズス」である。

 

 解放の神学が出現した背景を社会・政治的側面と、カトリック教会内の動きの二点述べたい。

第一は、社会的・政治的背景にラテンアメリカにおける極端な格差社会における民衆の貧困と、米国の巨大資本を背景とする軍政下における人権弾圧がある。一例を挙げておく。1954年グアテマラ大統領アルペンスが追放された。アルペンスは憲法に基づいて民主的な手続きを経て選ばれた大統領だったが、共産党を含めすべての政党を合法化し、農地改革を始めると米国CIAが動いた。当時グアテマラでは3パーセント未満の地主が70パーセント以上の農地を所有していた。そこでアルペンスは自分の身内の土地を含む150万エーカーの土地を国有にして小作人に与えた。ところが大地主であった米国の大企業ユナイティド・フルーツは、グアテマラをずっとバナナ王国にしておきたかった。そこで、米国CIAは首都を爆撃したので、アルペンスは国外に逃亡。その後に登場したのは米国の操り人形アルマス大佐だった。以後、グアテマラ国民は軍事独裁政権下で、10万人が弾圧されて殺害された。また、1963年ドミニカ、1964年ブラジル、ボリビア、これらの政権の転覆の企てもまたすべてCIAによる。また、1973年チリにアジェンデ大統領が合法的な選挙で立った時、ニクソン大統領は言った。「チリ国民が選んだアジェンデ大統領を米国は認めない」。そして、CIAはクーデターを起こさせ、ピノチェト軍事政権を傀儡政権として立てた。

 

 解放の神学の第二の背景は、第二バチカン公会議における、聖書への立ち返りと教会の現代化の動きである。第二バチカン公会議は1965年「現代世界憲章」を採択した。その内容は「現代世界との対話を促進し、平和、正義、いのち、人権などのため世界と人類に仕える教会の姿勢」を表している。グティエレスは言う、「第二バチカン公会議は、教会の在り方とは権力的教会ではなく、奉仕の教会、仕える教会であるという考えを強く再確認した。」こうしたカトリック教会全体の動きは、軍事政権下で搾取されている貧困者に直面するラテンアメリカの神学者たちを励ました。彼らは貧しい人々の視線に立って、聖書を読み直し、創造的に神学を構築することを始めた。

 

 メデジン会議(1968)は、第二バチカン公会議を受けて、コロンビアのメデジンで開かれたラテンアメリカ司教協議会の第二総会議である。ここで第二バチカン公会議の精神を、ラテンアメリカにおける社会の構造的・経済的な暴力と貧者の解放のために適用することが意図された。解放の神学のとらえ方によれば、社会の構造的経済的暴力は「罪」である。キリストの福音による宣教は全人的に救いをもたらすものであるから、教会はこの社会構造を変革することに参画すべきである。

 

2 グティエレスの批判的考察と実践としての神学

 

 グティエレスは過去の神学の役割として初代教会以来の「知恵としての神学」と12世紀以降の「理性的知識としての神学」があると述べる。知恵としての神学とは霊性の成長を目指したものである。理性的知識としての神学というのは、トマス・アクィナスを代表とするものであり、「神学は、より葉が広く総合的なもの」であり、「神学は一つの学に終わらず、人間を神へと結びつける愛から、流れ出る知恵なのである。」

これらの神学の古典的役割に対して、グティエレスは現代において神学は「実践における批判的考察の役割を担うものであるとする。神のことばによって神学的考察が導かれる以上、それは教会に対して、社会に対して批判的なものであり、歴史的かかわりを促すものであるというわけである。

 「信仰理解のための最良の神学の場は、これからは教会の生活と宣教、そしてその歴史的かかわり」である。「社会運動は恵や受肉、救いという教義について考える「生きた神学の場」」であるとする。

 グティエレスは言う「これ(解放の神学)は、世界を、ただ考察するにとどまらず、世界の変革の過程に、進んで参加しようという神学である。それは、人間の尊厳の蹂躙に抗して、膨大な民衆の搾取に対して戦って、人間を解放する愛において、公正で兄弟愛に満ちた社会を建設していく中で、神の国の賜物に開かれた神学である。

 またこうした批判的考察と実践としての解放の神学には、歴史上に起こった出来事についてその意味を告げる預言者的役割がある。

 以上のようなわけで、解放の神学の特徴は、①被抑圧者の視点に立つ、②抑圧状況の認識と構造的暴力の糾弾、③全人的救い、④実践面の強調である。

 

3 解放の神学へのマルクス主義化批判と広がり

(1)批判

 警戒するバチカンからは解放の神学は「マルクス主義方法論をベースにした共産主義」とレッテルを貼られ、拒否されている。共産主義運動に警戒感をもつ政府の弾圧の対象とされて、解放の神学に立つ司祭や修道士たちは政府に敵対するものとして弾圧されたり、暗殺されたりした例が多い。

 たしかに、解放の神学は社会的実践を志向するものである、社会運動の現場に聖霊が宿り、神学に豊かな実りをもたらすのだと考えるものであり、世界の改造を志向するマルクス主義の影響があることは、グティエレス自身が認めているところである。「現代神学が、自らの思想の源泉を探って、この世の変革と歴史の中での人間の行動の意義を考え始めたことについては、マルクス主義に負うところが大きい」とも言っている。しかし、彼はマルクス主義をうのみにするとしているのではなく、社会的実践に取り組む中で「マルクス主義との対峙が役に立つ」と述べている。解放の神学者においては社会主義の基礎になるのは<「貧者」の解放>であって、<資本家対プロレタリアート>という概念ではとらえられていないという点がマルクス主義と異なっている。

 

ちなみに、マルクス主義についてごく簡単に説明しておく。社会には資本家ブルジョワジーと労働者プロレタリアートがいる。資本家は労働者に生産手段を提供し、労働者は自分の労働を売ってその対価を資本家から受けて生活している。しかし、資本家は労働者の労働の価値が10であるときにたとえば5のみを労働の対価として支払い、残りの5(剰余価値)は自らの資本の拡大のために用いてしまうから、資本家と労働者の不平等は広がっていく。しかし、労働者がその不当性・不合理を認識し、労働者がいてこその資本家であることを認識し、団結して資本家から政権を奪い取り、資本を社会の共有財産とすることによって、階級のない協同社会を実現することができると考えた。

しかし、現実には、共産主義革命の結果できた国々では、資本家を倒して成立した共産党政府が特権階級化し腐敗してしまった。なぜか。聖書が言う通り、ブルジョワ階級に属する人々だけでなく、プロレタリアートの人々もまた、アダム以来の原罪に汚されているからである。

 

(2)広がり

ラテンアメリカのみならず、解放の神学はフィリピンやインドネシア、東ティモール、ハイチなどでは実践が重ねられている。カトリックで生まれたにもかかわらず、解放の神学はプロテスタント起源の学校でしばしば教えられるものとなっている。彼らは貧困層とより関係を持つ傾向があり、聖書の解釈も彼らの実践をどう位置づけるかという文脈で行われることがある。

また、解放の神学は、抑圧者の視点に立って聖書を読み直すという営みをする。その方法を用いて、女性の視点からのフェミニズム神学、韓国の抑圧する政府に対する民主化闘争の視点からの民衆神学、日本では被差別部落者の視点から「荊冠の神学」などが紡ぎだされた。

 

4.聖書的観点から

 

 私たちは解放の神学をどう評価すべきか?まず解放の神学のつの特徴を確認しておく。

被抑圧者の視点に立つ

抑圧状況の認識と構造的暴力の糾弾

全人的救い

実践面の強調

 

(1)評価できる点

まず積極的評価。解放の神学は、キリスト教が、コンスタンティヌスのミラノ勅令による自由化、テオドシウス皇帝による国教化以来、体制側の宗教になってきたことによって、「貧しい者」被抑圧者の視点を失っていることを自覚させる役割を果たす。主イエスは「貧しい者は幸いである」(ルカ6:20)「んでいるあなた方は、哀れな者です」(ルカ6:24)と言われたし、ヤコブ書は金持ちたちに警告している。「 5:1 聞きなさい。金持ちたち。あなたがたの上に迫って来る悲惨を思って泣き叫びなさい。 5:2 あなたがたの富は腐っており、あなたがたの着物は虫に食われており、 5:3 あなたがたの金銀にはさびが来て、そのさびが、あなたがたを責める証言となり、あなたがたの肉を火のように食い尽くします。あなたがたは、終わりの日に財宝をたくわえました。 5:4 見なさい。あなたがたの畑の刈り入れをした労働者への未払い賃金が、叫び声をあげています。そして、取り入れをした人たちの叫び声は、万軍の主の耳に届いています。 5:5 あなたがたは、地上でぜいたくに暮らし、快楽にふけり、殺される日にあたって自分の心を太らせました。」(ヤコブ5:15

しかし、コンスタンティヌス大帝の回心とミラノ勅令(313AD)によって、古代のキリスト教会への国家の弾圧は終わり、かえってキリスト教は御用宗教化し、かえって異教を弾圧する側となっていった。こうした状況下で生み出されたのが「公神学」であり、その代表者はカイザリアのエウセビオスである。彼は教会と帝国とを一つに結び合わせるという目標に導くために、神がコンスタンティヌスを選んだことを論証しようとした4世紀に書かれた『コンスタンティヌスの生涯』を書いたカイザリヤのエウセビオスは、「コンスタンティヌス御用達の広報官」である。以来、キリスト教は基本的に国家体制を支持する立場に身を置いてきた。そのために見えなくなってしまった聖書の真理がある。コンスタンティヌスのもたらした新しい状況は、それまでの伝統的なキリスト教神学の主題のいくつかを放棄させることになった

第一に、富や権力が神の祝福のしるしとみなされるようになった。新約聖書と初期教会にとっては、『貧しい者は幸いである』というのは、常識。福音とはまず貧しい人々へのよいしらせだったのであり、金持ちがいかにして救われるかは神学的議論の一つだったのだが。

第二に、壮麗な教会堂、典礼が発展した結果、聖職者たちは貴族階級のようになり、庶民から遠い存在となってしまった。このようなことは、キリスト教がマジョリティになったいわゆるキリスト教国や地域では常に起こってくることである。

第三に、エウセビオスの歴史解釈は初期の教会の主が再臨して「神の国が来る」という中心的主題をわきにおしのけてしまった。コンスタンティヌスとその後継によって、神の計画が成就したと語っているかのような印象を受ける。

 

 預言書は、イスラエル王国、ユダ王国が滅ぼされた理由は、偶像崇拝とともに、社会不正義のゆえであると警告している。「みなしご、やもめ、在留異国人」の訴えが聞かれない社会と成り果てたとき、神はこれを滅ぼされた。社会正義ということは、神の関心事である。キリスト者が、神の関心事に対して無関心であってはならないのは当然である。

 

申命記 2417 「在留異国人や、みなしごの権利を侵してはならない。やもめの着物を質に取ってはならない。」

申命記 2420 「あなたがオリーブの実を打ち落とすときは、後になってまた枝を打ってはならない。それは、在留異国人や、みなしご、やもめのものとしなければならない。」

申命記 2719 「在留異国人、みなしご、やもめの権利を侵す者はのろわれる。」

イザヤ書 117 「善をなすことを習い、公正を求め、しいたげる者を正し、みなしごのために正しいさばきをなし、やもめのために弁護せよ。」”

エレミヤ書 76 「在留異国人、みなしご、やもめをしいたげず、罪のない者の血をこの所で流さず、ほかの神々に従って自分の身にわざわいを招くようなことをしなければ、」

エレミヤ書 223 「主はこう仰せられる。公義と正義を行ない、かすめられている者を、しいたげる者の手から救い出せ。在留異国人、みなしご、やもめを苦しめたり、いじめたりしてはならない。また罪のない者の血をこの所に流してはならない。」

エゼキエル書 227 「おまえの中では、父や母は軽んじられ、おまえのところにいる在留異国人は虐待され、おまえの中にいるみなしごや、やもめはしいたげられている。」

 

 解放の神学の視点は、帝国主義的な国家を背景とした神学の限界を見定めるうえで役に立つであろう。たとえば、フスト・ゴンサレスは、アウグスティヌスの時代のドナトゥス派は単なる礼典の有効性に関する神学論争ではなく、当時の社会的背景があることを指摘している。当時、北アフリカはローマ化した支配階級の人々が、ヌミディア、モーリタニアの下層民たちを搾取して手に入れた小麦を対岸の大消費地ローマに売って巨利を得ていた。ドナトゥス派になっていく人々は、貧困の中で神を信じて敬虔な生活をしていた人々であった。ところが、キリスト教国教化にともなって、帝国の意向に沿って急に教会に集い始めたローマ化した上流階層の人々が教会の中に入ってきた。下層階級の人々にとっては、それは教会の堕落のしるしとして映った。その怒りが、ドナトゥス派問題と暴動の背景にはあった。だが、アウグスティヌスはこうした背景には一言も触れていない。彼の母モニカはヌミディアのベルベル人であったのだが。

 現代でいえば、米国政府が「裏庭」であるラテンアメリカ諸国に傀儡政権を立てて、ラテンアメリカ諸国の貧しい階層の人々から搾取してきたことについて、いったい米国の神学者たちが批判的にみることができているだろうか。

 

2)解放の神学の問題点

 しかし、解放の神学の問題点は、「社会的解放イコール福音である」つまり、被抑圧者の社会的解放の実践がすなわち福音であるとする点であるフェミニズム神学、被差別部落問題を扱った栗林輝男「荊冠の神学」も同系列である。

 抑圧者からの視点でのみ聖書は読まれるべきであろうか。

 

 確かに、例えば、出エジプト記において、暴虐なファラオから逃れる神の民という枠組みにおいては、解放の神学は有利かもしれない。あるいは、福音書を読んでも、主イエスは祭司長・律法学者たち支配者側のサークルの中でなく、民衆の中に身を置き、特に、取税人、遊女、罪人といった人々のそばにいて宣教のわざをすすめたことなどは、イエスが解放の神学を支持していることに見えなくもないまた、ルカ福音書の平地の説教の冒頭の、「貧しい者は幸いです。神の国はあなたがたのものですから。今植えているものは幸いです。あなたがたは、やがて飽くことができますから。」(ルカ62021)という祝福のことばも解放の神学を支持しているように見える。また、金持ちとラザロの話(ルカ16:19~31も、傲慢な金持ちに対する主イエスの怒りと、貧しい者に対するイエスの深い同情を表していると解されうる。さらに、ヤコブ書も富者に対して厳しい警告をしている。

5:1 聞きなさい。金持ちたち。あなたがたの上に迫って来る悲惨を思って泣き叫びなさい。 5:2 あなたがたの富は腐っており、あなたがたの着物は虫に食われており、 5:3 あなたがたの金銀にはさびが来て、そのさびが、あなたがたを責める証言となり、あなたがたの肉を火のように食い尽くします。あなたがたは、終わりの日に財宝をたくわえました。

 5:4 見なさい。あなたがたの畑の刈り入れをした労働者への未払い賃金が、叫び声をあげています。そして、取り入れをした人たちの叫び声は、万軍の主の耳に届いています。 5:5 あなたがたは、地上でぜいたくに暮らし、快楽にふけり、殺される日にあたって自分の心を太らせました。」(ヤコブ5:15

 

 イエスは、取税人や罪人や遊女たちだけでなく、パリサイ人ニコデモにも神の国の教えを語り(ヨハネ福音書3章)、主イエスの亡骸を自分の墓に引き取ったのは神の国を待ち望んで主イエスの弟子となっていた金持ちのアリマタヤのヨセフだった。また、主は抑圧者の側にいたローマの百人隊長の願いにも耳を傾けられた(マタイ853)。こうしてみると、確かに貧しい被抑圧者にイエスは身を近く置き、経済的・政治的優越者に対して警告を発することが多かったが、それは経済的・政治的優越者(抑圧者)の立場にある者は、力と富に頼り傲慢になりやすいからである。しかし、主が権力や富にとんだ者たちを救いの対象外としていたかというと、そんなことはなかった。

 また主イエスは金持ちと貧困者における格差解消について、自ら社会秩序を転覆することによって解決しようとされただろうか。キリストは弟子たちにそうした行動を主から求められているだろうか。ローマ帝国の圧政に苦しむ民衆や弟子たちがイエスをかつぎだして、政治的な王にしようとしたとき、イエスはこれを拒否した(ヨハネ6:15)ことを見ると、イエスは解放の神学が意図するような被抑圧者たちの政治的・社会的解放を目指したとは言えない。また、エルサレムが近くなり弟子たちが、主イエスが王になった暁には、自分たちを右大臣・左大臣にしてくれと頼んだ時にも、イエスは彼らが何もイエスの意図するところがわかっていないとされた(マルコ103545)。ゲツセマネで剣を振り上げたペテロを、「剣を取る者はみな剣によって滅びる。」(マタイ26:52)と戒められた。主イエスは確かにダビデの子としてきたし、総督ピラトに「おまえはユダヤ人の王なのか?」と尋問されたときにも、それを肯定した(マルコ152。だが、イエスはご自分の国はこの世のものではないと言明された(ヨハネ18:36)。イエスが王として選んだいでたちは、黄金の冠でなくいばらの冠であり、鉄の杖でなく葦の杖であった(マタイ2729)。イエスは支配者を殺害し、秩序を転覆することによって、貧者に解放をもたらそうとはなさらなかった。自ら神の御前に十字架にかかることによって、富者も貧者も共通に抱えている罪という問題の根源の解決を図られたのである。

 武力による政治的解放は、新たな抑圧者と被抑圧者をつくりだす。マルクス主義革命による貧者の解放は、プロレタリアート独裁によって、共産党エリートという抑圧者を作り出し、おびただしい人々が粛清されシベリアに抑留されたように。

 

 解放の神学は、「貧しい人々の社会的解放のための実践それ自体が福音である」という福音の再解釈をするが、聖書はそうは教えていない。福音とは、神の御子イエス・キリストが人となって来られたこと、主の十字架の死と三日目の復活のわざによって、私たちの罪の贖いが成し遂げられたことであり、それは徹頭徹尾、人のわざでなく、神のわざである。

 使徒パウロは福音を次のように説明する。

15:1 兄弟たち。私は今、あなたがたに福音を知らせましょう。これは、私があなたがたに宣べ伝えたもので、あなたがたが受け入れ、また、それによって立っている福音です。

(中略) 15:3 私があなたがたに最もたいせつなこととして伝えたのは、私も受けたことであって、次のことです。キリストは、聖書の示すとおりに、私たちの罪のために死なれたこと、 15:4 また、葬られたこと、また、聖書の示すとおりに、三日目によみがえられたこと」1コリント15:14

 「貧しい人々の解放」は、福音によって救われた者たちの聖化の実である社会的実践のひとつとして位置付けられるであろうが、その社会実践自体は福音では決してない。福音から現れうる一つの実である。また、イエスは自ら王としてかつぎあげられることを拒否されたのだから、貧困からの解放という社会的実践を暴力をもって成し遂げることは、イエスの意図するところでは決してない。それは、新たな抑圧を作り出すだけのことである。根本的な問題は、富者であれ、貧者であれ、その心に巣食っている罪なのである。

 

結び

 解放の神学は、西洋のキリスト教が国教化され、多数派となったことによって見えなくなってきた聖書の真理を、新たに被抑圧者の視点をもたらすことによって、見えるようにさせ、また実践の重要性に目覚めさせるという役割があるといえる。しかし、逆に、被抑圧者の視点にこだわりすぎることによって、聖書が語っている福音を正しく把握し損ねていることも事実である。