岐阜県の恵那神社は、主祭神がイザナギ・イザナミとされていますが
イザナギ・イザナミの夫婦神が一緒に祀られている神社というのは
意外と少ないものです。
淡路島にあり、淡路国一宮である伊弉諾神宮(いざなぎじんぐう)の
主祭神は、イザナギ・イザナミ両神とされています。
『日本書紀』・『古事記』には、国産み・神産みを終えた伊弉諾尊(いざなぎのみこと)が、最初に生んだ淡路島多賀の地の幽宮(かくりのみや、終焉の御住居)に鎮まったとあり、当社の起源とされるそうです。
ですが、伊弉諾神宮の公式ホームページには、この起源にしか触れられていません。
Wikipediaの方では、主祭神をイザナギ・イザナミとしながらも
「本来は伊弉諾尊のみを祀ったと考えられる」とあります。
和歌山県にある熊野本宮大社は、主祭神ではありませんが、
上四社と呼ばれる別々の建物に
イザナギ・イザナミ・アマテラスとされる神々が祀られています。
第一殿…イザナミ(夫須美大神)
第二殿…イザナギ(速玉大神)
第四殿…アマテラス
熊野三山のうち、残りの二社についても調べてみると、
熊野速玉大社の主祭神は、熊野速玉大神(イザナギ)と、熊野夫須美大神(イザナミ)です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E9%87%8E%E9%80%9F%E7%8E%89%E5%A4%A7%E7%A4%BE
熊野那智大社の主祭神は、熊野夫須美大神(イザナミ)です。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%86%8A%E9%87%8E%E9%82%A3%E6%99%BA%E5%A4%A7%E7%A4%BE
この関係なのか、全国の熊野神社の中には、
イザナギ・イザナミ両神を主祭神として一緒に祀っている神社があります。
宮城県仙台市の熊野神社
https://kumanojinja.miyagi.jp/mokuji/yui.html
青森県六戸町の熊野神社
http://www.aomori-jinjacho.or.jp/jinja/Kamito/sub_1f_038.html
同様の祀り方をしている神社が、ほかにもあるかもしれません。
今回、恵那神社のほかにも、イザナギ・イザナミを主祭神として祀った神社を
調べてみたのには、理由があります。
2018年2月に、COBRAの公式ブログであるThe Portalで
TruthEarthOrgというライトワーカーが制作した動画が掲載されていました。
その中で、イビサ島にあるタニト神殿に言及しているからです。
この神殿は紀元前400年頃に築かれたものだそうで、
タニトというのは、カルタゴの大地女神を指す一方で
古代ローマ人はこの女神のことをユノ・カエレスティスと呼んだとのことですが
カエレスティスは天上神ユピテルの別称であるため、
ユノ・カエレスティスというのは、ローマ神話でいうユノとユピテル、
ギリシャ神話でいうと、ヘラとゼウスの名を併記した意味合いになります。
ギリシャ・ローマ神話に登場する最高神とその妻である女神を
夫婦神として一つの神殿に祀っているというのは、
至高の男性性と女性性の調和およびその両者の尊重という点において
とても意義深く感じられたものです。
なお、タニトというのは北アフリカで信仰されていた女神で
エジプト神話の戦いと知恵の女神ネイトと同一視される存在であり、
ネイトの名は水を意味し、創世母神でもあるとのことです。
また、フェニキアの女神イシュタルと結びつきがあるほか、
ギリシャ神話では、アテナ女神ほか、幾人かの女神と同一視されたとのことです。
ユノ・カエレスティスを祀った神殿としては
チュニジア北部にあるドゥッガという遺跡にも
ユノ・カエレスティス神殿があります。
古代ローマ時代の遺跡とのことで、その頃には
ほかの土地にも、ユノ・カエレスティス神殿があったかもしれませんね。
つまり、ヨーロッパや北アフリカにおいては、その時代までは、
男性性と女性性の調和および尊重という価値観が
ある程度保たれていた様子が想像されます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%A5%E3%83%83%E3%82%AC
古代ローマ時代というのは、COBRA情報では、おおむね
第二回の1,600年前のハザールアルコン侵攻前に当たり、
このハザールアルコン侵攻が、ローマ帝国が滅びた原因とされていますから
ローマ時代に至高の夫婦神の神殿があった状況は、COBRA情報と合致します。
https://spirit.returnofthelight.earth/sexual-oppression/
翻って、恵那神社や伊弉諾神宮、熊野系の神社において
イザナギ・イザナミが主祭神として一緒に祀られていることは、
イビサ島のタニト神殿、つまりユノ・カエレスティスと相通じるものを感じます。
これは言いかえれば、日本では、現代でもなお
この価値観が一定程度保たれていることを示唆するものであり、
今とこれからの時代においても、抑圧された女神や女性性の復活、あるいは
男性性と女性性の調和および尊重を、比較的実現しやすい土壌として
希望を持てる根拠となるのではないかと思われます。