軍艦島ルポ(1)35年ぶりに上陸解禁、 “つぎはぎ”護岸が建物群を守る
日本最初期のRC造建築群「軍艦島」
巨大廃墟として興味本位で見られがちだが、実は建築的価値も高い。1916年に建設された30号棟は、日本で最も古い鉄筋コンクリート造7階建ての高層集合住宅だ。東京・墨田区に建設された同潤会の中之郷アパートメントより10年も前につくられた。炭鉱技術者も設計に加わったと思われ、主筋には炭鉱の巻き上げワイヤロープを使用している。4階以下の改修時には、炭鉱で岩盤を支えるパイプで5階以上を支え、4階以下のコンクリートを全部打ち直している。
18年に竣工した16~19号棟は、渡り廊下や人工地盤などの共用部が居室面積よりも広く、コミュニティーを尊重した独自の設計になっていた。屋上緑化もいち早く施されている。45年に竣工した65号棟には、実現こそしなかったが、増設を見込んでエレベーターシャフトが設けられていた。
残念ながら、現時点では建築群から離れた島の南西部にしか上陸を許されていない。建築の特徴をつぶさに観察することはできない。しかし、周囲約1.2kmの小さな島に、大正と昭和を乗り越え、平成の時代を迎えてもなお自立する集合住宅群を見れば、建築の力を改めて実感できるはずだ。この春、長崎の海原に囲まれて、日本の近代建築を築いた名もなき設計者や施工者たちの偉業を確かめてはいかがだろうか。
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長崎港の南西約19kmにある端島(はしま)。明治時代に海底炭鉱の町として栄え、別名は軍艦島。遠くから見ると軍艦「土佐」に似ていることからそう呼ばれるようになった。その軍艦島が1974年に閉山してから35年、長崎市の整備工事を経て、2009年4月22日から上陸が解禁となった。
東京ドームの1.3倍(約6万3000m2)しかない敷地に、最盛期には約5300人もの人が住んでいた。狭い島で多くの人が生活するために、日本初の鉄筋コンクリート造の高層集合住宅(1916年完成)をはじめ、様々な建物が造られた。それらの遺産群のほとんどが今も堂々とそびえ立っている。
軍艦島は炭坑の閉山によって、人が住まなくなり廃虚となった。しかし、軍艦島をじかに見たいという市民の思いが原動力となってこの春に上陸解禁となった。長崎市によると、1カ月が過ぎた5月末の時点で上陸者数は6000人を上回る。
日経コンストラクションでは、人を集める軍艦島の魅力を探るために、現地を訪れて事業者や関係者に取材してまとめた内容を、7月10日号の特集「人を呼ぶ土木遺産」で掲載する。ウェブでは記事で掲載できなかった内容やこぼれ話しを、数回にわたって紹介していく。
軍艦島を目指したのは5月末、天候は晴れ。朝5時ごろ、長崎半島の野々串港から軍艦島方面への瀬渡し船が出港した。同乗者の釣り人5、6人とともにいざ、軍艦島へ。昨日までは波のうねりが高く、あいにく船は2日間運航休止だった。やっとのことで船は出港したが、まだ多少のうねりは残っており、海に慣れない者にとっては、立つことがままならないほどの状況だった。
軍艦島付近に到着するころには、朝日が昇り、徐々に周辺も明るくなってきた。護岸に近寄るとコンクリート護岸の荒々しさが目に付く。割と最近補修された護岸や粗骨材むき出しの昔の護岸などが不規則に連なっていた。長い期間にわたって補修を繰り返した様子がうかがえる。まるで“つぎはぎ”をしたような護岸だった。
当初は天川(あまかわ)という石灰と赤土を使った混合凝結材を使用した石積みで護岸が造られていた。その後、石積みの上からコンクリートを巻きつけて補強して現在の形になった。島のあちこちに天川の痕跡が見られる。
「約20年前の大型台風で南側の護岸は決壊した。端島小中学校の横の堤防は1999年に決壊してグラウンドの一部と校舎下の土砂が海中へ流出してしまった」。創業40年になる瀬渡し船の馬場広徳船長が、護岸を指差しながら修復の経緯について教えてくれた。これほど分厚く大きな護岸が決壊するほどの波が来るという自然の脅威を実感した。
そんな環境でも、軍艦島の建物群は現在まで残っている。護岸が決壊してもすぐに補修したおかげだ。建物が風雨に耐える以前に、護岸が強固でなければ、建物は間違いなく崩壊していただろう。
長崎市は上陸のための整備に当たって、「護岸が壊れて建物が崩壊することは最低限防ぐ」(企画財政部世界遺産推進室の長瀬雅彦係長)方針を掲げている。元島民で、今はNPO法人「軍艦島を世界遺産にする会」の坂本道徳理事長も「護岸は僕らを守ってくれた」と護岸の価値を強調する。
船は軍艦島を左回りに進み、追い風を受けて、軍艦島の西側に出た。そこには、「廃虚マニア」にとって見所の一つである建物群が林立している。
上陸して見える建物群は、30号棟の集合住宅など数棟だ。しかも、近付くことはできない。一方で、海から眺めると見上げる形で建物群を間近に感じることができる。建物の風化の過程を見たいのであれば、海上の周遊コースから見ることもお勧めだ。
長崎市は、軍艦島にある建物群の劣化状況を調べるために、上陸のための整備をする前に材料調査や目視調査を実施した。2005年12月にまとめた軍艦島保存活用技術検討委員会報告書によると、一部の建物を除いて、一軸圧縮強度試験で20~30N/mm2を示しており、それなりの強度だ。シュミットハンマーによる試験でも18.7~31N/mm2と、一軸圧縮試験値とほぼ同傾向の値だった。
出典:日経BP社 ケンプラッツ