発達の特性も不登校も、
親子の絆を深めるチャンス!
将来が見えず
不安でいっぱいのママが
お子さんの力と
可能性を見つけられる♡
親の視点が変われば”沼”から抜け出せる♪
★児童精神科ナース(看護師歴30年)
★不登校支援カウンセラー
★児童発達支援士
★発達障害コミュニケーションサポーター
★SSTスペシャリスト
\発達凸凹+不登校ママの伴奏者/
大原かこです![]()
友人の紹介で出会った男性とは
とても気が合い
笑いのツボが同じで
お付き合いはすぐに始まりました。
この人と、一生一緒にいたら
楽しいだろうなぁ。
そんなふうに思うように
なっていました。
でも、過去の経験から
結婚はあきらめていました。
あきらめていた…
口ではそう言っても
心のどこかで
”もしかしたら…”
という淡い期待は
あったんだと思います。
その頃の妹は
すでに障害者施設に
入所していたのです。
その彼とは2年の交際期間を経て
結婚することになりました。
もちろん妹のことも話ました。
それでも、彼のご両親は
「息子が選んだ人なら」
と私を快く家族に迎え入れて
くれました。
そして私は
お母さんになることも
できました。
10代で卵巣機能不全と
診断されて以降
ずーーーーーっと婦人科で治療を
続けていました。
「生理が無い方が楽じゃん」と
思うこともありましたが
”生理をこさせないと
卵巣が小さく、硬くなってしまう。
ちゃんと治療した方がいい”
主治医にそう言われたのです。
・生理開始30日後に受診して
ホルモン注射。
(次の生理をおこさせるため)
・生理が始まって5日目から
排卵誘発剤の内服。
これを10代のときから
30代で妊娠するまで続けていました。
基礎体温も毎日測っていましたよ。
いつかは子どもを授かりたい。
その思いがあったからこそ
婦人科での治療を
長く続けられたのだと思います。
長年、治療を続けたことで
第1子を授かることができたのです![]()
第1子出産前には
私のお腹から
息子がいなくなるのがさみしくて
「産まれてほしくない」
「ずっとお腹の中にいてほしい」
と、ひとりでオイオイ泣いていました。
この頃からもうすでに
子離れできない親だったんですね。
お母さんになることができて
やっと人並みに
幸せになっていいんだと思えました。
でも、育児をする上で
ひとつだけ頭から離れない
心配事がありました。
「虐待を受けて育った人は
自分の子どもに虐待する」
そんな言葉をどこかで
見聞きしていました。
私もこの子に虐待するのかなぁ…
人の助けがないと
なんにもできない
小さな赤ちゃんを前にして
そんなことを思っていたのです。
夫にも相談できず
ひとりで不安を抱えていました。
たくさんの育児書を
読み漁りました。
どの育児書にも
子どもの愛し方なんて
書いてありません。
親の愛情なんか
1ミリも感じたことのない
幼少期。
私は子どもの愛し方が
わからなかったのです。
大原かことお話してみたい方はこちら。
↓ ↓ ↓
ID検索の場合は
@175gwfpt
(@も忘れずに♪)
【無料プレゼント!】
LINE登録をしてくださったあなたに
無料プレゼント🎁
❶すぐに使える!
不登校・発達凸凹の
声かけヒント集
(PDF全60ページ)
❷「私のせいかも」と思っているあなたへ
不登校の子どもとの
関係を整える10の視点
(PDF全15ページ)
➌がんばれない夜に読む本
(PDF全15ページ)
こちらをプレゼントします!!🎁
ラインに登録して
不登校+発達凸凹で悩むママに
今すぐ役立つプレゼントを
無料でもらう
↓ ↓ ↓
ID:@137rwgvd
(@も忘れずに)
プレゼントのご感想いただきました💖









