アートとはなにか?
そう考えるときに、美術が好きですと、これがあーとですと言われることが少なからずある。よく考えるとアートというものの定義はあやふやなので、突拍子もないことや、想像力を超えたこと、あらゆる快楽や面白みというのはアートの部類に入る可能性がある。
放送大学の芸術の講義では、「芸術は哲学の一種」だと話していたように思う。個人的にその意見には同意しているが、今回の論点はそこではない。
今回の論点は、いわゆる世俗的なもの、楽しければいいじゃない、面白ければいいじゃないというものをアートと呼ぶのかどうかというところ。
デザイナーに求められる服装と日常的に求められる服装に違いがあるように(この着想は「ランウェイで笑って」(少年週間マガジン)から得た)、非日常性を追求して誰もしたことがないことをすることがデザイナーであり、アーティストである。ボーダー柄を衣装として軽蔑の意味を無くして導入したものにはアーティスティックな才能が発揮されているが、それを追従したものにはその才覚は見えない。非日常性は日常にそのうち溶け込むことが歴史の常だろう。最先端は時代遅れとなるからだ。そのため、現代社会に生きる僕たちにとって、便器に名前をつけたデュシャンや、時間の流れをデジタルの時計を並べることで表現した河村温、コンセプトだけで思考を表現した人、コスースなど、彼らの作品は現代では真似できる平凡なものと成り下がっている。彼らの歴史上重大なポイントは人間の意識の変換であるはずだが、「それは自分でもできる」といった全く馬鹿げた意見をする人間もいる。昔、youtubeで現代アートを作ってみたとというものがあったが、作られた作品はアートとはいえないのではないかと思うが、眺望するとyoutubeに投稿されたビデオはアートにも見える。
岡本太郎が発言したようにアートってのはなんでもありだという論点で考えると、このような独自性かつ発想力の豊かさかつ世間への批判などが垣間見える作品は、よりアートとして成就しやすくなる。
快楽や楽しみを第一の定義としたときに、究極の美、究極の感情、究極のなんとかを開発することも一部アートのように見える。
これはまことか?
なにかを追求するときに、たとえば、「いくらでも女が寄ってきて性処理をしてくれる花園」を作ったとして、それをアートと言えるだろうか。また、たとえば、「国会議員への反発としてテロを起こすこと」はアートと言えるだろうか?
なるほど。
こうやって記載すると明確になるものの一つに、圧倒的なオリジナリティの欠如が見え隠れしている。どちらも平凡でだれでも思いつくようなアイディアだと思うし、少なくとも前任者がいる。前任者がいることによって、模倣者としての烙印を押されるのだとしたら、前任者が存在しない中でそういったことをしていれば、アートとして成立しただろうか。
文学で考えると、「ロリータ」でも「布団」でもLGBTでも、少数派のためのフェチシズムを理解するための文学は良本となりうるか。なるのは、開発者だけだと思うけど。
一般的に風俗業はアートではない。
なぜか?
そこを理解するには、アートとは何かと認定する問題と社会的で個人的な制限の問題の可能性があがりそうだ。
ということは、アートとは、社会的政治的な意味合いが強く、それがアートだというふうに表現されるには、裏になんらかの画策がある。そうすることで政治を操ったりするように。寓意を含ませるのも同じか。
これは、実は、絵画の歴史上も同様で、あらゆる偉人の肖像画はアートというよりも実は政治的意味合いの方が強い可能性が高いのではないか。もちろん、涅槃図、地獄絵図などは、明らかにアートというものを通して、個人の行動変容をきたしうるように創造されている。となると、アートというものは、政治や宗教とは切っても切れないものだということが理解されるし、そこからの反抗として作られた芸術作品は、その存在理由から、政治的な意味を含有することは免れないし、政治的意味を剥奪された作品は価値が消失しそうだ。
その中で、現代アートという名目を打ち立てて、奇抜性を重んじる傾向の心理は何か。奇抜性を前面に出すことで、何が得られるか。
綺麗という美のみを追求した作品が内包するものは何か。
メッセージ性がないものであれば、それは人の心を動かす価値があるのだろうか。
この疑問は、ショーペンハウアーの「読書について」で、読まないべき本と読むべき本の違いに表現される、自ら考えて書かれた書物かお金目的かという点に似ているし、借り物の何かの寄せ集めは読むに値しない作品だということで、なんらかのメッセージがないものは見る価値がないとも言える。
しかし、メッセージがないものこそ、世の常ということも言えるし、あえてメッセージを残さないという表現方法も芸術のメッセージとしてありだと思う。その観点から作られた作品は生の芸術、アール・ブリュットであろう。そういえば、てんかん患者によるアート展が近日開催されていて、その冊子を手に入れたけども、何ともはや。
「きれいでしょ」「かっこいいでしょ」と、それだけを訴えかける時の脳の反応については、やっぱり、扁桃体や前帯状回を回路に組み込んだ感情(感情とは理性よりも先に立つものと定義されるか?)を惹起させるものが実際に人の心を揺さぶる事象・物事であろう。その両極性、多犠牲については言及する必要があるが、憎悪にしても尊敬にしても人の心を揺らすことができるものをアートとすることに異論があるかを考える。そのように感情においてのみ真のもの価値を検討すると、性欲や食欲、支配欲などの欲望というバケモノがそこに居座る。