人間が変わるために必要なのは、強い意志ではなく「他者」である

うん看板持ち


かつては、自分が変わったことを証明する相手は配偶者や親くらいのものでした。しかし今や、SNSを通じて全人類がその目撃者です。

御霊も目撃者です看板持ち
 


・過去の発言がデジタルタトゥーとして残る時代

・自らの変化を正当化し、ブランディングし、防衛しなければならない

はあ?笑ううさぎ

 

誰かが好ましい方向に変われば「成長」や「進化」と称賛し、気に入らない方向に進めば「迷走」や「洗脳」と切り捨てる。
そんな visible(目に見える)な変化を求めながら、同時にそれを冷ややかに疑う文化の中で、本物の変化を持続させることはかつてないほど難しくなっています。

実は簡単なんだけどねニコニコ

 

6年間にわたり、人生をガラリと変えた人たちに取材を重ねて気づいたのは、変革が単独の力で成し遂げられることは滅多にないという事実でした。変化とは常に他者との関係性の中にあり、受動的で、時には不本意なものです。

そもそも他者がいなければ変わるきっかけがない。

単独の力で成し遂げたつもりでも、必ず誰かが後ろから押してんだよヘビ


刑期を終えた元殺人犯たちは、変化の本質を「英雄的な強い意志」とは語りませんでした。

・自分の更生を信じて疑わなかった母親の存在

・模範となるような行動を示してくれた同房者

・言葉では説明のつかない、スピリチュアルな体験

 

いいねビックリマーク

刑期を終えていないカメたちも元殺人犯を見習ってほしいですチュンセキセイインコ青


私たちは変わりたいと願う一方で、今のままでいたいとも激しく望んでいます。

さらに深い根底には、これまでの自分を失うことへの恐怖があります。

作家のジェームズ・ボールドウィンが指摘したように、深い変化は「これまで知っていた世界の崩壊、アイデンティティの喪失、安全の終わり」を意味するからです。


ああ。

中国ドラマ「瓔珞」でやってましたチューリップ

皇后は瓔珞を非常にかわいがっていて、乾隆帝から守るためにあえて辛者庫送りにする。


なんでそこまでかばうんだと聞かれ、「瓔珞は私の希望なのです」と。

フチャ子は皇后になって自分を失った。
善良で完璧で女子のお手本のような女性を演じることが皇后の役目だったのだひまわり

 

一方エイラクは何が起きても自分を失わない。
どんな環境でも自分のままでいられる。

それは皇后にとってこれまで知っていた世界の崩壊、安全の終わり、アイデンティティの喪失、&目覚めなのですチュンヒヨコ


人生は一瞬で激変する:脳科学が認める「逆境の裏返し」スター


意味のある変化とは、時間をかけて少しずつ積み上げていくものだと私たちは思い込んでいます。

確かに大半はそうですが、時に人は、一瞬で生まれ変わることがあります。「突然の啓示」や「量子跳躍的な変化」と呼ばれる、人生がひっくり返るような瞬間です。


あるある~流れ星

 

人間の脳は、突然の崩壊(トラウマなど)を理解するのは得意ですが、突然の「大躍進」を説明するのは苦手です。

カメムシ界隈が唾飛ばしそうウインク


ある心理学者はこれを「逆方向の精神崩壊(ブレイクダウン・イン・リバース)」と呼び、懐疑的な同僚たちに向かって問い続けました。

いいね流れ星

 

昨今、瞑想の深化や特定の精神体験の一般化に伴い、急速な意識のシフトを経験する人が増えています。

しかし、それが「単なる妄想」なのか「真の変革」なのかを見極めるのは容易ではありません。神話学者のジョセフ・キャンベルはこの曖昧さを見事に表現しています。「精神病患者が溺れる同じ水の中で、神秘主義者は大喜びで泳いでいる」

すばらしいブルーハート

実に見事に表現していますチュンベル




なんだかなぁ、と思ってしまった。


おまえは意味のある変化とは時間をかけて少しずつ積み上げていくものだと思い込んでるからね笑

 

なるほど、

"Only a life lived for others is a life worthwhile."
(誰かのために生きてこそ、人生には価値がある)

という、アインシュタインのニセ名言を垂れ流す自己啓発界隈に金が流れるのもよくわかる気がしますわ。


そういう意味じゃないんだよバカーゲラゲラ

 

この記事って一見科学的根拠がありそうに見える「物語」なんですよ。

というおまえも一見科学的根拠がありそうに見える物語の達人やでちょうちょ

 

というのも、この記事に引用されているアンドリュー・ニューバーグの研究の実際の中身というのは、被験者のスピリチュアルな覚醒体験を整理し、その際にどの脳の領域が関与しているのか、脳画像研究との関連で脳神経学的に考察することを試みるもので、決して「突然の覚醒体験こそが最終的に人々の苦しみを取り除き平和と幸福をもたらす」と結論づけるものではなかったんですよね。


結論づけないものでもないですがよだれ

 

ジョセフ・キャンベルの「精神病患者が溺れる同じ水の中で、神秘主義者は大喜びで泳いでいる」というのも、たしかに彼がよく引用していた表現ではあれど、実際にはカール・ユング派と呼ばれる心理学者たちがよく使っていた表現に過ぎず、研究結果と言うよりは、そこから導き出された比喩的あるいは科学哲学的な表現に過ぎません。


おまえがよく引用している表現は科学者の研究結果というよりも、てめえの腹の中から導き出したドロドロうんこ金魚

 

ジェームズ・ボールドウィンについては小説家であり社会批評家であって、心理学者ですら無い。つまり彼の言葉は「思想家の洞察」でしかありません。


思想家の洞察めっちゃ大事うお座

 

つまり、権威として持ち出されたものの方向性がどれも違うのに、それを縫い合わせて一つの方向性を持つ物語として「物語化」してしまう傾向を強く感じるのがこの記事の本質であるように私には思えました。


自称数学者のはしくれさんは、、、
誰かが自分にとって好ましい方向に変われば「成長」や「進化」と称賛し、気に入らない方向に進めば「迷走」や「洗脳」と切り捨てる。

あたかも危機感を抱いているかのように理路整然かつ流暢に述べるが、実はてめえの好き嫌いを物語化しているにすぎない猫

 

これらの引用は元ネタがたしかに存在するものであっても、それを組み合わせて何かしらの結論が出るものなのかといえば、私にはちょっと無理があるように思えます。


おまえの主張こそ無理がある犬

老朽化した価値観に固執する昭和の生き残りしっぽフリフリ

 

さまざまな情報の断片を組み合わせて作られる「物語」は、いわばパッチワークキルトのようなものだと私は思っています。多くの人はキルト全体を見て、それが美しいか否かを判断するのかも知れませんが、私はその元になった端布ひとつひとつがきちんと縫い合わされて整合性を保っているかどうかを見ています。少し引っ張たら簡単に裂けてしまうようなキルトなどどれほど美しくとも何の価値もない。

いやむしろ、そういうものの中に真の価値があるうずまきキャンディ


 

たとえばこの記事においては、脳科学、宗教体験、文学者の言、ジャーナリストの取材、人生相談的な洞察、が、一枚の布に縫い合わされていて、一見美しい作品になっているように見えるけれど、私から見れば「縫い目が雑すぎる」ものにしか見えず、どこか違和感をおぼえざるを得ません。


要するにあら捜しをしているわけだ。

明治生まれの姑みたいなもんだなクマムシくん

 

全体を見て何となく美しいと思える人にはそれでいいのかも知れませんが、私のように、懐疑的というよりはむしろ、「物語に没入する前に構造的な整合性を確認する習慣あるいは癖」のようなものを持つ者にとっては「その『物語』を支えている梁や柱が本当に荷重に耐えるのか」が問題であり、たいそう違和感を感じるものだと言わざるを得ません。
 

「その『物語』を支えている梁や柱が本当に荷重に耐えるのか」は実際にやってみなきゃわかりませんぜ旦那ロップイヤー


構造的な整合性を確認する習慣あるいは癖のようなものを持っているなら、まず自分で実験するでしょ普通ハリネズミ

やりもしないで「たいそう違和感を感じる」とか、「何の価値もない」とか。。。
アホの寝言以外の何ものでもないですわんわんわん