私たちは無意識のうちに、あらゆる物事を「好き」「嫌い」「どっちでもない」の3つに分類し、「好き」な世界だけで生きようとしています。しかし、それでは世の中の3分の1しか見ていないことになります。生きづらさの原因は、そこにあるのかもしれません。

世界が狭いんだね看板持ち


ビジネスパーソンの場合、意に沿わない部署に配属されることがあります。ただ、興味が持てなかったその部署の仕事を実際にやってみたら、殊の外自分に向いていたと気づいたり、スキルや能力がぐんと伸びたりすることは少なくありません。

何でもそうですよね。

好きでもない相手と結婚してみたら、殊の外わたちに向いていたとか泣き笑い


これは部署が変わったことによって、自分の中で仕事に対する価値観が変わったということですが、一方で、どんなに部署が変わっても「仕事がつまらない」と言いつづけるビジネスパーソンもいます。前者と後者の違いは何でしょうか。

視力の違い、知能の違い、

想像力、創造力、周波数の違い、
などなど照れ

 

人間は生きていく中で、自分が見聞きしたり接したりするあらゆるモノ、コト、ヒトを無意識のうちに次の三つのカテゴリーに分類しています。

それは①好き、②嫌い、③どっちでもないという三つのカテゴリーです。たとえば何か仕事を頼まれたときに、やりたいな、嫌だな、どっちでもいいなという三つに、自分の価値観に応じて、明確に意識しなくてもカテゴライズしているのです。

まあそうでつね昇天

 

お釈迦さまは「人は嫌いを避けて、好きだけで生きている」と言っています。

嫌いにこそ価値があるとも知らずにね照れ

 

私たちは結局、自分の好きな世界しか見ようとしません。しかし世の中には、自分が好きだと思って集めてきた世界のほかに、自分が嫌いだと思ってまったく見てこなかった世界と、自分と関係ないと思って生きてきた世界があります。つまり私たちは、世の中の3分の1しか見ていないのです。

60近いオッサンが、実は20才のガキンチョだったりしますチュン金魚

 

そして、私たちが生きづらさを感じるのは、そのせいでもあります。自分の好きな世界だけで生きているから、何か行き詰まったときに「行き場所がなくなった」と思うのです。しかし私たちは、嫌いと思って避けてきた世界や関心を持ってこなかった世界はのぞいたことも、深掘りしたこともありません。世の中の3分の2をまったく知らないのに、「行き場所がなくなった」と勝手に思い込んでいるのです。

嫌いな世界、無関心な世界に、ほんとうは自分が好きになるかもしれない、あるいは、しっくり来るかもしれないモノ、コト、ヒトがたくさんあるはずです。それを知らないでいると、生きづらさを感じたまま生きていくことになりかねません。

もったいない話じゃのうUMAくん

 

それでも若いうちは、自分の好きな世界だけで生きていくことが許されます。たとえば、ダンス好きはダンス好き同士で集まったり、推しが一緒の子同士で集まったりする。自分の嫌いな世界、無関心の世界は知らなくても楽しく生きていけるでしょう。

けれども、だんだん年齢が上がってきて、特に社会人になると、自分が嫌いだった世界や無関心だった世界に関わらざるをえなくなってきます。そのときに学生時代の感覚のまま関わりを避けて、好きな世界に執着していては生きづらくなるだけです。

むしろ生きやすいんじゃないですか?うーん

根拠のない自信に満ち溢れ、「自分はできる人間だ!」と信じている勘違い野郎がいっぱいいるよねちょうちょ

 

自分の嫌いだった世界や無関心だった世界をのぞいたり深掘りしたりすることが「大人になる」ということなのです。自分の知らなかったモノ、コト、ヒトと関わって「おっ、おもしろいな」と思える人が大人です。つまり、自分の持っている価値観の中だけで生きているうちは、大人になりきれていない。

よく聞け老害ビックリマーク

 

自分が嫌いだったり無関心だったりするモノ、コト、ヒトからも何か学べるかもしれないと考える人は、たいがい仕事でも活躍しています。私が知る限り、ビジネスパーソンにしてもお坊さんにしても、どんな分野でもそうです。

お坊さんもビジネスパーソンだよー笑い泣き

 

たとえば、「経営マンダラ」に参加している新興企業の社長さんたちは、「へぇー、おもしろいね」と感心しながら、若い人の話も人生の大先輩方の話も熱心に聞いています。自分の仕事とまったく関係ないような分野にも、いろいろと首を突っ込みます。どこに学びのヒントが転がっているかわからないことをちゃんと知っているのです。 私にも行き詰まりを感じた時期がありました。そのときに全部の事業を後進に譲って、インドから日本までの仏教の伝播ルートを3年ほどかけて旅しました。仏教寺院だけではなく、イスラム教のモスクやキリスト教の教会も訪ね、これまで自分で自分の可能性に制限をかけていたのかもしれないと、行き詰まりの原因に気づいたのです。

宗教という狭い世界を旅しましたねこへび

 

それ以来、自分の好きな世界以外の世界に対して、すごく興味を持つようになりました。最近は「ちょっと、合わなさそうだな」と思う人でも、話してみたいと強く思います。そういう人と話すことで初めて感じられるものや見えてくるものが必ずあるとわかっているからです。

まだまだヒヨッコだけどねスライム
チュンチュンヒヨコ