太宰治が亡くなったのは1948(昭和23)年6月13日のことでした。
このとき司馬遼太郎は25歳で、駆け出しの新聞記者でした。
彼が太宰の小説を読むようになったのは、それからおよそ30年を経た50代の半ばからでした。
わたちは10代後半にちょこっと読みました![]()
しかし、それから司馬は、全集を5、6回読んだ、と述べています。
うそー![]()
彼が「読む」ことにおいて異能をもった人物であることは、その作品を見れば分かりますが、いくら彼でも全集を5、6度読んだという作家はそういないと思います。そうした苛烈な邂逅を経て、自身のなかで育っていった太宰治という人間を彼はこう描き出しています。
得た結論は、彼は破滅型でも自堕落でもないということでした。太宰治の精神、文学が持っているたった一つの長所を挙げよといわれれば、聖なるものへのあこがれという一語に尽きるわけです。
実は短所だったりちて![]()
あの人は『聖書』が好きでした。クリスチャンではありません。ただ座右の書として置いていた。素朴に清らかなものとしてとらえていた。『聖書』の文体が好きでした。よく引用した。そこからなにか着想して短編を書いたりしています。破滅型な作品でさえ、破滅していく主人公の心には、実に聖なるものへのあこがれが表れています。(「東北の巨人たち」『司馬遼太郎全講演3』)
太宰治の本質をいい当てた、この批評眼は確かであるだけでなく、秀逸です。ある意味で、この一節以上に太宰の本質を語った文章は、そう多くないと思わせるくらいです。この講演が行われたのは1987年、司馬遼太郎はすでに「耳順」の年齢を過ぎています。
聖なるものへの過度の憧れが身を滅ぼしちゃったのかな?![]()
自分の汚さに耐えられなかった。
生まれてすいません![]()
「聖なるもの」とは?
「聖なるもの」、あるいは仏教の言葉でいう「聖(きよ)きもの」への憧憬、これは「信じる」という営みの根底にあるものではないでしょうか。
違うね![]()
「聖なるもの/聖きもの」とは、単に清浄なるものを意味しません。
むしろ、それは「聖なるもの/聖きもの」のはたらきの一端に過ぎません。それは「素朴なもの」そして、「力あるもの」「たしかなもの」「朽ちることなきもの」ともいえるかもしれません。
考えすぎ。
こじらせすぎ。
「聖なるもの」はただ「聖なるもの」にしておけばいい。
わざわざ余計なものをくっつけて、ややこしくしていく意味がわからん![]()
不浄なるもののたった一つの特徴では?![]()
そして何よりも「美しいもの」なのではないでしょうか。そうでなければ、人間が生涯を賭してそれを探究しようとは思わないと思うのです。
関係ないね。
あえて言うなら「神的なもの」
聖なるもの=神聖なもの
美しいとか素朴とか朽ちないとか、一切関係ない。
牛とか豚とか象とか、国によっていろいろ。
ミイラや頭蓋骨を神聖なものと見る人もいます![]()
ただ、ここでいう「美しいもの」とは、「醜いもの」の対義語ではありません。むしろ、柳宗悦がいうように美醜を超えた「不二の美」というべきものです。
また余計なものをくっつけた![]()
信じるとは、己れのうちにある美醜を超えた「美しい」何かを愛しむことであると考えたのは遠藤周作も同じでした。
遠藤も考えすぎ![]()
その時代の不条理を描き出した『女の一生 一部・キクの場合』には次のような一節があります。「清吉」はキリシタンの若者です。彼は棄教を迫る役人の激しい責め苦のためにひとたび「転び」を受け容れてしまいます。そのあとの心境を遠藤はこう記しています。
清吉は反駁できなかった。彼もまた同じ気持だったからである。子供の時から、もっとも美しく、清く、正しいと教えられてきたものを見すてたという後悔は、とけた鉛のように彼の胸にへばりついていた。
信仰という悪魔がへばりついていた![]()
この小説に描かれている「浦上四番崩れ」をはじめとした弾圧は事実です。事実はさらに過酷で厳しいものだったというべきかもしれません。しかし、それでもなお、自らの信仰を守ろうとした人がいる。それが何であるのかを語ることは容易にはできません。しかし、そこには「恐れ」よりも「畏れ」、恐怖よりも畏怖を喚起させる何かがあることは確かです。そして彼らの境涯に私は、無言の聖性すら感じます。
わたちは彼らの境涯に無知しか感じない。
百姓だからしょうがないけどさ。
映画「沈黙」を見ると、宣教師らは彼らの無知を利用して改宗させてた感じ。
そもそもデウス様ってギリシャ神話の神でしょ?![]()
先に引いた司馬遼太郎の言葉にあった「あこがれ」は、迫害を生き抜いたキリシタンの霊性にも強くあったものです。
人はさまざまなものに憧れます。人は、こうありたいと感じるものに憧れる。あるいは自分にないものに憧れることもあります。
キリスト教は美の力で人々を魅了した。
クロスペンダントとか数珠とか衣装とか。
地味でちんちくりんな坊さんしか見たことのない仏教徒にとっては光輝いて見えたのかも![]()
しかし、同時に憧れたものに失望し、裏切られたような気持ちになることも少なくありません。何に憧れるのかによって、この営みの意味は、まるで違ったものになる。しかし、こうしたことは「あこがれる」という営みのごく表層的なものに過ぎません。
根底に憧れがあるっていうのがなんか違う気がする。
キャサリン妃に憧れて彼女のようになりたいと思って同じ服を着る人。
ハリウッドスターに憧れる人。
悪い噂が広まって、裏切られたような気持ちになる人。
つまり憧れは世俗的な営みであって、宗教とか霊性とかいう枠には入らない気が![]()
「憧れる」の古語は「あくがる(憧る)」です。それは心が彼方の世界に向けて遊離することを意味しました。現代では強く希望するほどの意味ですが、むかしは、私たちが現実と呼ぶこの世界を包み込む何かを強く志向することを意味していたのです。
OMG!
これぞ霊性![]()
物質次元を超えた何か(Something Great)を感じる心の働き![]()
不浄な者たちがあれこれいじくり回して、全然違うものに変えてしまった典型ですね![]()
太宰に「あこがれる」べき世界があることを教えたのは内村鑑三でした。太宰と内村、まるで違う人生を送ったかのように見える2人が出会う場所、それが宗教の地平です。ある雑誌を読んで太宰は、強い憤りを覚えます。「二三の小説は、私を激怒させた」と書いたあと、彼はこう続けています。
内村鑑三の随筆集だけは、一週間くらい私の枕もとから消えずにいた。私は、その随筆集から二三の言葉を引用しようと思ったが、だめであった。全部を引用しなければいけないような気がするのだ。これは、「自然。」と同じくらいに、おそろしき本である。
私はこの本にひきずり廻されたことを告白する。ひとつには、「トルストイの聖書。」への反感も手伝って、いよいよ、この内村鑑三の信仰の書にまいってしまった。いまの私には、虫のような沈黙があるだけだ。
太宰は世間知らずの東北人だったんでしょ。
よく言うと純粋。
宗教に対する免疫がなかった![]()
私は信仰の世界に一歩、足を踏みいれているようだ。これだけの男なんだ。これ以上うつくしくもなければ、これ以下に卑劣でもない。ああ、言葉のむなしさ。饒舌への困惑。いちいち、君のいうとおりだ。だまっていておくれ。そうとも、天の配慮を信じているのだ。御国の来らむことを。(嘘から出たまこと。やけくそから出た信仰。)
お花畑でつかまえて~![]()
日本浪曼派の一週年記念号に、私は、以上のいつわらざる、ぎりぎりの告白を書きしるす。これで、だめなら、死ぬだけだ。
ギャハハー![]()
太宰チョーおもしろい
人は、誰かに向かって書くだけでなく、未来の自分に向かっても書いています。
正解![]()
「天の配慮」を信じている、そう書いた彼にとって「生きる」ことと「信じる」ことは不可分であったというよりも、同じ営みの異なる局面に過ぎなかった。むしろ、そうなる場所でしか彼は、自らの根源を確かめられなかったのだと思います。存在の根源、それを私は聖性という言葉で表現したいのです。
ややこしい話は、どうでもいい![]()
何でもかんでも好き勝手に解釈しては世に広めるのが人間という生き物です![]()
太宰ちゃん人間失格でよかったねー![]()