会津漫遊2日目。

 

東山温泉からバスで5分程、会津藩23万石の家老屋敷へ。

 

<旅の行程>

1日目:会津若松→東山温泉

2日目:会津若松→会津田島

3日目:南会津→檜枝岐→会津田島

4日目:大内宿→会津若松

 

家老屋敷を中心として、資料館や移築された文化財建築、お土産・食事処を併設した観光施設です。

 

◆会津武家屋敷◆

*入場料¥800

 

受付から敷地内に入り、まず目を引くのが海鼠壁の長屋。

 

片長屋

 

長屋伝いに進むと、立派な武家門。

 

表門

 

菊の花と紅葉の饗宴。

 

秋に包まれた黒き門が美しい。

 

表玄関

 

むくり屋根の向拝に風格を感じます。

 

会津藩家老だった西郷頼母の屋敷を昭和50年(1975)に復元したものです。

 

幕には保科家の家紋・九曜紋。

 

これは西郷家が保科家の分家の為です。

 

片長屋

 

順路に従い、玄関前を抜けて片長屋内へ。

 

元は家臣の居宅でしたが、復元後は資料館となっています。

 

歴史のひと幕を蝋人形で再現したコーナーも。

 

西郷頼母一族の自刃

 

戊辰戦争で新政府軍が会津に侵攻し、西郷頼母家も攻め入れられ、妻子ら一族が自決をします。

 

死にきれぬ娘から介錯を求められる敵将という、凄惨な場面が蝋人形で再現されています。

 

現代と違って、この時代は"死"というものが人生における選択のひとつだったのでしょうね…

 

家老屋敷

 

裏側の勝手口から屋敷に入ります。

 

若松城にいた為、一族の死に際を見届けられず、戊辰戦争後も生き延びた西郷頼母。

 

どれ程の苦しみを背負って生きたのだろうか。

 

台所

 

台所から廊下を抜けていきます。

 

式台

 

表玄関の式台部分です。

 

衝立の裏側に描かれた月が風流。

 

使者の間

 

戦国時代の甲冑と蒔絵の棚。


屋敷の奥へ進みます。

 

御成御殿

 

家老屋敷は住居棟と御殿から成ります。

 

御殿は藩主や賓客をもてなした貴賓室。

 

次の間・書院壱の間

 

奥に座しているのが第9代会津藩主・松平容保。

 

 

御殿の美しき庭園。

 

 

住居棟を望む。

 

 

御殿から住居棟へ。

 

客待の間

 

応接間として使われていました。

 

奥一の間

 

戦争も無く幸せな日々を送っていた妻子。

 

自刃の場面との対比で、この幸せな一場面も、もの悲しく映ってしまう…

 

西郷頼母は戊辰戦争後、本姓の保科姓に戻し、勝海舟の元に身を寄せた後に、都都古別神社や日光東照宮の神職を歴任、明治36年(1903)に会津若松で亡くなりました。

 

屋敷から出て、敷地内を巡ります。

 

旧中畑陣屋

(福島県指定重要文化財)

 

天保8年(1837)の築造で、白河の中畑にあった代官所を移築したものです。

 

重厚な茅葺屋根。

 

 

茶室(嶺南庵麟閣)

 

鶴ヶ城にあった麟閣を復元したものです。

 

くらしの歴史館

 

会津の暮らしや産業についての資料館。

 

今でこそ東北屈指の酒処、会津ですが、江戸時代中期迄は会津の酒は粗悪だったそうです。

 

天明7年(1787)に藩政改革により大阪から杜氏を招き、技術を学びました。

 

この事実、知らなかった。

 

 

すっかり会津の顔。

 

3.11で来場者が激減、その2年後の「八重の桜」の影響で爆増、そして、コロナで一時休業…

 

会津らしい?激動の歴史。

 

多くの人に会津の歴史を感じて欲しい。

 

そんな会津武家屋敷。

 

バスで白虎隊悲しみの地へ向かいます。