1980年代の日米半導体協定は、日本とアメリカの間で1986年に締結された半導体貿易摩擦の解決を目的とする条約です。この協定には、1986年から1991年の第一次協定と、1991年から1996年の第二次協定(新協定)があり、合計10年間有効でした。
主な内容は以下の2点です。
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日本の半導体市場の海外メーカーへの開放(1991年以降は米国製半導体の日本市場シェアを20%以上にするという数値目標が設定された)。
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日本メーカーによる半導体のダンピング(不当廉売)の防止。これにより日本側には販売価格に制限も課されました。
背景には、日本メーカー(特にDRAMでNEC、東芝、日立など)が世界市場で高い優位性を持ち、アメリカ企業がシェアを失ったことへの米国の強い反発がありました。アメリカ政府は安全保障なども理由にこの協定を要求し、レーガン政権と中曽根政権のあいだで「半導体摩擦」と呼ばれる激しい貿易摩擦が起こりました。
この協定の影響で、日本の半導体産業は1990年代以降、急速に国際競争力を失ったとされています。日本から人材・技術が韓国や台湾など他国へ流出する現象も見られました。
要点まとめ
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目的:日米間の半導体貿易摩擦解消
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期間:1986年~1996年(第一・第二協定)
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内容:
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日本市場の開放(米国製シェア20%目標)
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日本メーカーのダンピング防止
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影響:日本半導体産業の急速な国際競争力低下
この協定は、日本の半導体業界の勢力図を大きく変え、世界半導体産業の歴史においても大きな転換点となった出来事です。