悪夢が正夢になった。


もう恐慌の流れは変えることはできそうにない。


注意しよう、今月には資本を注入することをとブッシュ大統領は表明したようだが、、、、、残念ながら日本はもう経験済みだ。資本を注入するとはどういうことを意味するのか。処分することを意味する。日本は村山内閣時代に住専処理に約6兆4000億、橋本内閣時に約7兆5000億投入した。不良債権の処理は進み不況は深刻化した。処分をすることは避けては通れない厳しい道だ。


G20での金融安定化に向けての緊急声明がなされるであろうがそれが売りを止めるものではないことは誰でも理解できるだろう。


現在の下落要因は金融機関のヘッジファンドからの引き揚げ、国内投資信託の解約、信用期日、信用の投げ、個人投資家の撤退、もう数えたら限がない。売るから下げる、下げるから売るの秩序なき暴落状態である。


この流れを止めるには市場に起きている不安を打ち消すだけの大きな力を与えるしか方法はない。その力を与えることが出来なければ、、、、、、、売り尽くされるまでこの流れは止まることはない。


だが恐慌とは知る人にとってはこれほどのチャンスはなく、知らない人にとってはこれほど危険なものはないのだ。表裏一体だ。


恐慌とは、全てを崩壊する。ルールもなく、経済も、政治体制も、人々の生活の価値観までも変化させてしまう。


恐慌とは、必要悪でもある。社会の大きな歪を見えない力となり清算していく。


恐慌とは、人生の再スタートのようなものでもある。


恐慌とは、富の格差をなくし本物を残し強いものを更に強くする。


恐慌とは、人生で数少ない大きなチャンスであり最大のピンチでもある。


恐慌とは、金融専門家をトコトン押しつぶす。


人は時として自らの力を時代からの借り物と気が付かず自滅の道を歩むことがある。


この千載一遇のチャンスを掴む側に立つか、それともこの大きな波に押し流されるか。


世界は大きな岐路に立った。