いかなる理由であれ、戦争や闘いをした結果に思うことは大体同じようなものなのではないか。
諸行無常とまではいかないが、死ぬ間際にして思えば、意味のない、くだらないものの為に、
自分や仲間の命を犠牲にして、膨大なエネルギーを使って、憎んだり、怒ったりして、
それが自分や仲間の為になったかと言われればそうではないと気付いた時、
争うことのすべてがばかばかしいと思ったんじゃないのか。
そこまで思いを馳せた時、私たちはこういった争いをしないことや、防ぐことが大切だと、
語り継がなければならないのではないだろうか?
遥か昔から連綿と続く恨みなどの感情があるとして、
それらの感情が正しい道を示したことは一度たりとも無いはずだ。
それらの感情とはネガティブな感情だけではなく、自惚れや有頂天になった時のポジティブな感情ですら、
私たちの世界を見る目を曇らせる。
つまり、正しく世界を認識しようと思うのならば、それらの感情や禍根に囚われない、
曇りのない目で世界を見る必要があるのではないか?
実を言えば僕の目も曇っている、が、調べる事と考えることはやめなかった。
世界の真実、歴史の真実、社会の本質について、もっと調べたり考えたりすべきだ。
僕から言わせればまっとうに生きている風に思って自己正当化してる奴らなんか、
学習性無気力の犬だ。
そんなに脳死状態で奴隷労働がしたいなら永遠にやってろって感じ。
