そして、もし、臓器が必要な立場だったら?誰かの臓器があって、愛する家族が助かる立場だったら、何を捨ててでも欲しいって思うのでは…?と考えたところで、これもエゴかなぁ、って思いました。
その状況になった時、どちらの立場に立っても、今の私がどう思うかは、わかりません。
でも、旦那の臓器が誰かの体内で生き続けるくらいなら…私も食べちゃいたいな。
子どもは…今は死を想像したくない…。
小説の内容がどんなだか知りませんが、そんなことを思いました。
そしてそして、すごく奇遇ですが、書店から帰ってくると、母からメールが。
長~~~いラブメールの、その一部。
「子どもはいろいろやって小さな傷つきを沢山経験するなかでコミュニケーション術や生きるすべを学ばないと思春期から先を生きる自信がつかないので挫折するのです。」
こんな風に、こんな眼差しで育ててもらったのか…と思うと私、すごく愛されてたんだな、って、ホロリときました。
いつも、両親の愛情は三分の一。母が一番愛しているのは、父で、父も、「お姫様」なんて言いながら、一番愛しているのは、女王様である母なんだ。いつも母を見ているような気がしたから。
私たち、子どもに向ける愛情は、いつも三分の一ずつ、って感じてたから。
でも、本当はそうじゃなかったのかも?って、自分が結婚して、家族と暮らす中で、少しずつ実感している、今日この頃です。