今回紹介するのは、2003年に私が単独で開発したSTN液晶表示モジュールの設計や試作や評価を大幅に合理化できる統合シミュレータについてです。製品化プロセスに関することで競合他社が知り得なく真似される心配がないことから特許出願はしませんでしたが、内容はおそらく世界初だったと思います。この仕事っぷりが評価されて、セイコーホールディング参加の中核企業であるセイコーインスツル(株)から第1期開発スペシャリストに認定されたり、次期社長が有望だった副社長直下の組織に移動になったりしました。通常、辞めた会社での機密情報を公開することはタブーですが、約20年前の話であることと、私が辞めた会社では現在表示体の事業を行っていないことから公開しても損害を与えようがないことから公開することにします。

 

図1 プレゼンの表紙

 

 この液晶表示統合シミュレーターは、世の中に類似するものが全く存在しない画期的なもので、これまでの泥臭い設計,製作,デバッグ,評価の開発ステップを大幅に合理化するものでした。つまり、使用する液晶の特性や駆動波形をPC上のオリジナルソフトであるLCDシミュールに入力するだけで、現実世界で起こっている様々な表示画質の問題(クロストーク,スジ,ムラ,低周波・DC成分など)をことごとく机上で再現し、問題発生のメカニズム(内部波形,要因解析)から改善方法までもが簡単に分かるようになりました。

 

図2 概要

 

 私も個々の内容は良く覚えていませんが、多くの活用事例の中から発表した6つの事例を図3に示します。

 

図3 活用事例

 

 その技術の内容について、ここで説明します。もともと世の中には、液晶特性と回路動作のシミュレーターはありましたが、それらを統合したシミュレーターはありませんでした。LCDシミュレーターはこの2つを統合した最初のシミュレーターで、作業が大幅に簡素化します。それでも、単に統合したことに難しさがあったわけではありません。例えば図4に示すような100行×100列程度のマトリクス状になったSTN液晶回路では、コンデンサが1万個,抵抗が2万個,独立した入力信号が200本にもなり、市販の一般的な回路シミュレータでは気が遠くなるような時間がかかってしまい全く歯が立ちません。だから、誰もシミュレーターを作れるとは考えもしなかったのです。
 
図4 STN液晶表示の等価回路
 
 しかし、私は、LCD表示回路が同じ回路の繰り返しであることから、何とかシミュレーション出来る可能性があるのではと知恵を絞っていました。その結果、次の基本原理を組み合わせることで、図5に示すように、簡略化できることを考えつきました。
 
図5 等価回路の簡素化
 
① 画素抵抗を無視
 画素抵抗は配線抵抗と比較して十分小さいことに着目して、無視しても結果は殆ど変わらないこと。
 これで2万個の抵抗が200個になりますが、まだコンデンサの1万個と入力端子200個は残っています。
② 加法定理
 この回路には、コンデンサと抵抗の線形素子しかないので、1つ1つの端子に信号を入力してそれ以外の端子を0Vに固定して得られた結果を後から加算することで、200個の端子に同時に独立した信号を入れた場合と全く同じ結果を得ることができる。これで、200個の入力端子が全体として2つの入力端子(1信号)になりましたが、まだコンデンサの1万個と抵抗200個が残っています。
③ 並列縮約(横方向)
 ②で特定の入力以外を全て0Vに固定できたことで、横方向に全く同じ回路が並んでいるので、ここの要素を並列回路として縮約できます。これで、コンデンサが1万個から100個に、抵抗200個から101個に減らすことができます。
④ 並列縮約(縦方向)
 さらに、同様に縦方向も縮約して、コンデンサが100個から2個に、抵抗が101個から3個に減らすことができました。
 
 それにしても、誰がコンデンサが1万個,抵抗が2万個,独立した入力端子が200個の図4の回路から、図5の一番右のコンデンサが2個,抵抗が3個,独立した入力端子が2個の回路に辿りつくでしようか? 我ながらよく考えたと思います。
 
 ここまで簡素化できれば、あとは図6に示すように、大学の数学レベルの2階常微分方程式を解いて誤差のない厳密解を得ることができます。
 
図5 2回常微分方程式と厳密解
 
 あとは、図7に示すようなブロック構成で、入力波形に対応した各画素の実効電圧を計算して、更に液晶の特性で変換することで各画素の透過率を得ることができます。

 

 

 

 今回のブログを、最後まで読んで下さりありがとうございます。当ブログ「未知を既知に 自由研究家 松島千治」では、この他にも様々な研究成果などを紹介しておりますので、ご覧いただけると嬉しいです。

 

 

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以上 2022.12.24