ここでは、私が会社員だった1992年に単独で発明して米国で特許取得(USP5,587,558)したジャイロ方式のペンについて紹介します。

 

 

 夜空に輝く星の数は、1等星が21個、2等星は67個、3等星は190個、4等星は710個、5等星は2,000個、6等星は5,600個で、肉眼で見ることのできる星の数は1万個もありません。一方、これまでに審査されて登録になった特許は、米国だけでも1千万件を超えています。1千万件の特許の数を星に例えると、明るさでは14等星位で大きな望遠鏡でもなければ見えるものではありません。1千万件もの特許があると、特許なんてありふれたもので、ほとんどの特許は一般の人にはまったく知られることはありません。それでもエジソンの電球のように誰が発明したのかを一般の人に知られている発明の数は、1等星かせいぜい2等星の数と同じ位ではないでしょうか?

 そんな1等星のような発明とはおこがましくて較べられないけど、それでも、希望的なところを含めて、せめて肉眼で見える5等星位には匹敵するのではと感じているのが、今回のブログで紹介するジャイロ方式のペンです。 この基本構成を使ってそう(厳密には検証していない)な製品には、例えばペン型と言えるかは微妙ですが任天堂Wiiリモコンがあります。また、電磁方式との併用と言うことしか分かっていないのですが、ApplePencilもジャイロを搭載しています。 後に説明する被引例数が示すように、現在でもこの私の発明を用いた後続の製品開発が続々と行われています。

 

任天堂 Wiiリモコン

 

ジャイロを搭載した Apple Pencil


 2006年末に発売されたWiiリモコンについては、任天堂が半導体部品を大量に購入している会社の大口顧客だったことや必ずしもペン型とは言えないことなどから権利行使には至りませんでした。また、ApplePencilについては、ジャイロを搭載していることが公開されていますが、私が発明した1992年から特許期限の20年以上経過した2015年の発売でした。そんな訳で、この特許は、早すぎて利益には結び付きませんでした。それでも、発明者としては、特許によるローヤリティ収入よりも、発明後長年に渡って多くの製品で使われることの方がむしろ光栄なことかもしれません。特許の期限が切れた後に製品が出てくるのは、それだけその発明が世の中より技術が20年以上進み過ぎていたということに他ならないからです。

 

 さて、このジャイロ方式のペンの発明の内容ですが、それまでのジャイロは、航空機などに搭載されて大型のジャイロそのものの位置や向きを計算するものでした。それに対して、私の発明は、部品としてのジャイロから離れた位置にあるペン先の位置を計算することです。手で持って特定の位置を指し示すためには、ペンの中に実装されているジャイロの位置を計算するだけでは使い物になりません。ペンの位置とペンの傾きの両方からペン先の3次元の位置を計算することによって、はじめてジャイロ方式のペンとして完成して使い物になるのです。

 

 このような、ペン型の座標入力機器の基本的な構成やアルゴリズムは、技術的にはそれほど高度で難しいものではないかもしれません。それでも、これだけ大きな市場規模の基本技術は世界中の研究機関やメーカーで多くの開発者が特許取得を目指してしのぎを削っています。その中で誰よりも早く特許出願をしないと特許を取得できないのです。会社の知的財産部門の人からも、「後から似たような特許出願はたくさん出てきてるけど、とにかく圧倒的に早かったのが凄い。」と言われました。

 

 この発明の背景を説明すると、当時MEMSという技術によりICの中に加速度センサーを組み込んだものが、小型・低価格化できる技術が開発されたことがニュースになっていました。加速度センサーが小型・低価格でできるということは、複数の加速度センサーで構成できるジャイロやそれを組み込んだ装置も小型・低価格で実現できることを意味しています。このような部品レベルの大きな革新は、新しい応用を考えるチャンスです。そんなことは誰もが分かっているため、問題は時間との勝負でした。

 

 当時私が所属していた事業部では、私は直接携わってはいませんでしたが、ペン先とタブレットの間の電磁相互作用によるデジタイザペンを商品化していました。このため、私が加速度センサーをペンに応用することを考えたのは、自然な流れだったのかもしれません。私は、その小型加速度センサーのニュースを聞いた約1週間後には、超高速で構想設計を完了させていました。その後、特許明細書を書くのに約1週間、社内の出願手続きに約1週間で特許出願にこぎつけたのです。

 それでも、いくら早くても、単なるアイデアだけでは特許取得は難しいです。何故ならば、特許には、当該業者が見れば容易に実施することができる程度に具体的な記述が求められます。また、その具体的な記述には、実際に動作しそうな説得力がなくてはなりません。私の特許では、加速度センサーの出力からペン先の位置を得るためのブロック構成・回路構成・計算式など実際に作って動作させるために必要なことをすべて開示しています。また、加速度センサーの動的座標系から使う人に意味のある静的座標系への座標変換や、加速度センサーに含まれる重力の取り除き方や、ノイズの積分による発散の回避方法などまでも具体的に開示しています。したがって、ジャイロ方式ペンの最初の発明者と言えば、私であると胸を張って言えるのです。

 

 この発明は、日本では審査請求しませんでしたが、米国で登録特許(USP5,587,558)になっています。この特許には請求項の数が28項もあり28個の発明要素があります。請求項の多さは、基本特許であることの証の一つです。ここでは、紙面の関係で最も包括的な請求項の原文と和訳と基本的な構成図を基に説明します。

 

(原文)  Claim 1.

A coordinate input device for obtaining the spatial coordinates at the tip of a pen-type coordinate indicator,

comprising:

acceleration detecting means for detecting the accelerationof a body of the pen-type coorrinate indicator,

attitude detecting means for detecting the attitude of the body of the pen-type coordinate indicator,

and coordinate operation means for determing the spatial coordinate at the tip of the coordinate indicator in accordance with outputs of the acceleration detecting means and attitude detecting means.

 

(和訳) 請求項1

ペン型座標検出装置の加速度を検出する加速度検出手段1と、

ペン型座標検出装置の傾きを検出する傾き検出手段7と、

加速度検出手段と傾き検出手段の出力により座標入力装置の先端の空間座標を決定する座標演算手段10とを

有することを特徴とする、

ペン型座標検出装置の先端の空間座標を得る座標入力装置。

 

 ここで、加速度検出手段1と傾き検出手段7と座標演算手段10の要素名の後ろの数字は、次に示す代表図内の番号に対応しています。

 

 

 

 要するに、加速度と傾きからペン先の空間座標を得るペン型の座標入力装置はすべて対象になるので、回避しようのない強力な内容になっています。

 もし、詳細を知りたい人がいれば、次の米国特許庁のWebページからサーチして見ることができます。
 また、オリジナルの日本語の公開特許は、以下のリンクで見ることができます。

https://www.j-platpat.inpit.go.jp/gazette_work2/domestic/A/406044000/406044000/406044000/406044005/B3C38D86948EEE80FD2DE6F8519935A6432F234DD9EFC860E78BEF648291A3C9/JPA 1994044005-000000.pdf

 

 一般的に特許の学術的な価値を示す指標として、その後の特許でどれだけ引用されたかを示す被引例数があります。この特許は、その被引例数が突出して多く、平均的な当時の被引例数は2,3件程度でしたが、私が出願してから16年後に任天堂がWiiリモコンを出した頃には約70件位になっていて、会社の知的財産部のベテランの担当者もほとんど記憶にないくらい多い件数だと言ってました。現在では平均的な被引例数も多くなっていますが、その後もペースを上げて、2022年6月現在では192件にまでなっています。これは、私の発明を用いた後続の発明が私が発明してから30年経った現代でもなお出願され続けていることを意味します。しかも、この件数は、すべて特許として成立したものの件数なので、出願特許ベースではさらに多くなります。このことは、この発明が永年に渡って通用する基本的な大きな発明であったことの証です。


 今回のブログを、最後まで読んで下さりありがとうございます。当ブログ「未知を既知に 自由研究家 松島千治」では、この他にも様々な研究成果などを紹介しておりますので、ご覧いただけると嬉しいです。

 

 

 最後に、お気軽にご感想やご意見を残して頂けると嬉しいです。

 

以上 2022.12.15