図1 私が発表したINTER技術論文(1986年)

 

 新卒で入社して最初に配属されたのが、急速に発展しつつあったコンピューターグラフィックス分野のビデオプリンタの開発チームでした。

 その中で、私が任されたのが、電子回路設計でした。検図等サポートしてくれた先輩達はいましたが、会社が最初に出したグラフィックビデオプリンタの試作機と製品では、回路設計からデバッグまでのほぼ全てを任されました。ビデオプリンタといっても、CPU基板、パネル基板、ビデオ入力基板、画像メモリ基板、ActualI/O基板、プリント駆動基板などの複数の基板により構成され、各々がIC100個位の規模だったように記憶しています。

 

 その中で、印象に残っているのが、ビデオ入力基板のPLLでの位相比較回路です。他の回路は、難易度が低くしっかりしたエンジニアであればだれでも設計できるようなものだったのですが、当時社内で知られていた位相比較回路は、ゲートが何段も接続されたもので、検出精度が悪く、正確なデータ入力ができないものでした。その課題の解決を託された私が考えたのが、下図に示すDタイプフリップフロップのデータ入力とクロック入力に比較する信号を入力して、互いに他の信号をラッチする方法です。

 

図2 私が考えた位相比較回路(1982年)

 

 この回路は、当初位相差を検出するものではなく、どちらが早いかを検出するのみでしたが、検出誤差要因がデータのセットアップ時間かホールド時間のみのため、限界に近い検出精度を出せる回路だったのです。74S74のデータのセットアップタイムが3nsでホールドタイムが2nsなので、仕様上は比較する信号が3ns以上ないと正確な検出は保証されませんが、実際には1ns以下の差を検出することができました。この回路により、パソコンのクロックが4MHzだった時代に40MHzのクロックのないビデオ信号の量子化(元データの完全復元)が可能になり、製品化のために残っていた最後の課題をクリアしました。

 

 当時は、特許の重要性をあまり認識していなかったし、特許を書くのがあまり得意ではなかったので、社外秘として出願しませんでした。現在では位相比較にフリップフロップを使うのはよく知られた技術ですが、もしかしたら1982年に位相比較にフリップフロップを使ったこと、あるいは位相比較信号をデータとクロックに接続したのは、世界で私が最初かもしれません。入社して1年後くらいのことでした。

 

 入社して2年目の製品化が近づいた頃から後継機の開発をする頃には、電気チームは5~10名程度の規模になっていて、ここまでの仕事っぷりが評価された私は、電気チームのリーダーを任されていました。1983年に第1世代を製品化した後には、同僚がカラーパレットの疑似階調表示の実験をしているのを見たり、海外子会社からPLLにVCOを使ってみてはみたいな提案があり、1985年にはそれらを貪欲に製品設計に盛り込んで殆どのグラフィック端末に接続できる多階調の第2世代のビデオプリンタを商品化しました。

 

図3 電気チームリーダーとして開発に携わったビデオプリンタ

 

 盛り込んだVCOは、後にVCOを提案した海外子会社の人から聞いた話では、ディレイラインによる離散的なPLLよりVCOによる連続的なPLLの方が良いだろうとか、世の中のVCOがそうであったようにせいぜい周波数が10%も振れればと考えて提案したとのことでした。しかし、私のチームがビデオプリンタに組み込んだVCOは、2倍の周波数レンジをクリアしていて、分周することによりビデオクロックが凡そ10~100MHzに対応できたため、世界中の殆どのグラフィック端末と接続することができるようになりました。前述のDフリップフロップ 2個でのサブナノ秒の位相比較回路とVCOを用いることにより、当時としては画期的な100MHzのクロックのないビデオ信号の多階調量子化を可能にしたのです。

 

 当時、コンピューターグラフィックスの分野は急速に発展しつつあり、グラフィックディスプレイの画像を手軽にプリントできるプリンタは他になく、当時ガリバー企業であったIBM社にOEM供給するなどグローバル市場を席巻し、毎年30億円程度の利益を出すヒット商品になったのです。この業績が認められ、図1に示したINTER技術論文集に掲載されたり、1987年には図4に示すように新人としては異例の日本工業技術センターのセミナー講師も行いました。また、詳細は割愛しますが、私が提案した熱転写プリンタのリアルタイム熱伝導シミュレーション制御構想も画期的な内容で、事業部内で発表されました。

 
図4 日本工業技術センターのセミナーのチラシ
 

 今回のブログを、最後まで読んで下さりありがとうございます。当ブログ「未知を既知に 自由研究家 松島千治」では、この他にも様々な研究成果などを紹介しておりますので、ご覧いただけると嬉しいです。

 

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以上 2022.12.27