毎度!オリオです!
季節も段々と冬に近付いてきていて、嬉しい限りですな☆
鍋とか熱燗とかお雑煮とか、冬ならではの美味しいものも沢山ありますし、
こたつやらストーブやら布団やら、あったかいグッズに愛を感じる季節でもあります♪
冬、最高!
さて、そんな冬が大好きなオリオですけれども。
冬が来るたびに、感じずに居られないことがあります。
それはですね、タイトルにもした、
『慣れる→塩』
だなぁ、なんて思いまして。
毎年この時期になると、ぼんやりと考えるんですよ。
どういうことかと申しますと。
塩ってのは、皆さんご存知の通り、調味料としては欠かせない存在の、定番の調味料の一つですよね。
そして、皆さん更に知ってるのは、
適量が一番
っていうこと。
入れ過ぎても駄目だし、少ないと物足りない。いわゆる、適量が一番、塩を引き立たせるってことですね。
ってことで、適量が一番☆なわけです。
が。
他の人たちがどうなのか知らないので、オリオの経験則で語りますが。
いわゆる塩ってのは、調味料として万全の者なのじゃないかと思ってるんですよ。
更に言うなら、『調味料of調味料』。
言ってみれば、『THE調味料』。
食事として摂取する調味料の中では、定番中の定番じゃないかと、思うのです。
これって西洋文化から来てるのかな??まあいいや。
日本にも古来からあるしね、塩は。続けまーす。
ちなみに、沖縄の方言で塩のことを、『マース』と言います。
更に言うなら、『豚肉の塩漬け』の事を、『スーチカー』って言ったりします。
…本来が『マース』なら、『マースチカー』になるのでは?
と思ったので、レッツ・ヤフー先生。検索してみました。
まず、『スーチカー』。
これは、冷蔵庫などが無い時代に、豚肉を保存する方法として塩漬けにする事があったため、
『塩漬け(すーちかー)』と言うようになったようです。この時点では、塩の事を『すー』と言っているようです。
んで、『マース』。
一説ですが、語源は『真塩(潮)』からきているようで、そのままの読み方を、沖縄の訛りで表現したときに、
『マース』となっていったようですね。
ちなみに、『スーチカー』は先述の通り『豚肉の塩漬け』ですが、実際に食べてみると、塩辛さは殆どありません。
多少、塩っけがあるお肉、って感じです。軽く焦げ目が付くくらいにフライパンで焼いてから食べるのが、好き☆
逸れた(これまた盛大に寄り道しましたな)☆
えっと、塩なんですけれども。
『慣れる→塩』。
調味料の定番っていうところまでお話しましたが。
他にも定番は色々ありますが、甘さや酸味などよりは、やはり『塩っけ』が調味料の定番のように感じます。
食事する際にあたっては、っていうところなんですけどね。
食後のデザート、とかでしたら普通に砂糖なんでしょうけど。
沖縄の方言では、『サーター』。
あの『サーターアンダギー』は、文字通り、
『砂糖味の揚げ物』(『アンダギー』を更に崩すと、『油を使った食材』)が直訳です。
沖縄風のドーナツですな♪
うん、逸れたのは知ってる(最早確信犯)。
でね。
塩って、いつの間にか慣らされている気がしませんか?
大量に塩を使った料理だと、その塩辛さが嫌になるから分かりますけど、
物足りない場合、食べ終えてもしっくりこない感じですよね?
これってつまり、『塩っけがある状態に慣れている』からだと思うんです。
一度やってみて欲しいんですが、食事を作るときに、
塩がまったく入ってない食事を作ってみて下さい。
味見など一切せずに、作ってみて欲しいんです。
※不味いからって残さないでね♪
出来上がったものを口にした時、果たしてどう感じるのか。
普段から薄味に慣れている人でも、さすがに塩が入ってない料理には、
軽く眉をひそめます。
単純に言うなら、
不味い
んですよ。
以前にもラジオでチラッと言いましたが、日本人っていうのは、『美味しいもの』を求める文化。
『素材の良さ』とか『雰囲気を楽しむ』とか『工程を楽しむ』などとかっちょいい事が言われてますが、
ぶっちゃけ日本の食文化は、『美味しいもの』を求める文化になっていると言います。
事実、ジャンクフードやらファストフードが氾濫していて、
添加物がバンバン入っている食材に囲まれていてもそっちは気にならず、
東○都民『そのゴミ、放射能とか付いてるんだろ!?何で東京に持ち込んでくるんだよ!?』
と、余計なものにばかり突っ込みを入れるようになります。
普段は石原都知事は嫌いですけど、この時の記者会見だけは気持ち良かったなぁ。
『黙れ』
だって。『力のあるところが助けずに、何が日本人か』と言い切ってたのは、かっちょ良かった。
おっと、逸れてるのは知ってるから(…。)☆
自己中心的な○京都民は放っておいて、塩ね、塩。
それに慣らされてしまった現代人は、塩が無くなった途端、食材に魅力を感じなくなるくらい、
生活内の食事には、塩がかなりの割合で侵入しています。
浸透しています。
そんな塩、慣れちゃうと、今度は味付けの濃いものを美味しいと感じるようになります。
不思議ですね、こればかりは殆どの人がそうだと思います。
普段の食生活が減塩生活だったとしても、塩が入っていれば尚美味しい!という味覚だけは存在するからです。
※まぁ、世の中は広いので塩に関して嫌悪している人も居るとは思いますが、今はその辺は割愛。
分かりやすく言葉にしてしまうと、
『塩がある生活を当たり前だと信じ込んでいる』
っていうのが、『塩→慣れる』の意味です。
これ、よく考えると怖いですよね。
例えば、この『塩』を、『テレビ』に置き換えたらどうなりますか?
例えば、『塩』を、『仕事』。
『塩』を、『家族』。
『空気』。
『平和』。
…。
極端すぎますけどね(笑)。
今あるこの生活を、日常を、当たり前と感じてしまう慣れきった感覚。
それって、俗に言う『平和ホボケ』なんじゃないかと思ったりもします。
忘れちゃいけないんですよね。
当たり前なんてこと、人間が思ってるほど、そんな多くは存在しないんです。
全ては、そこにただあるだけ。
何も当たり前なんかじゃない。
…。
今ある現在の状態に対して、どれだけ感謝できるのか。
光があることが。
屋根があることが。
蛇口を捻れば水が出ることが。
毒ガスの混じってない空気を吸えることが。
地雷の埋まってない地面を歩けることが。
他人の言葉を信用できることが。
全てのことは、実は感謝できる事なんじゃないかな、って思います。
…どうして冬になるとこれを思い出すのかと言いますと。
一度、沖縄に居た頃。
オリオ少年が冬を好きになり始めた頃にですね。
家族で、鍋をやったんですよ。
その時、鍋の中の塩っけが足りない事に、家族全員が気付いてたんですけど。
誰も言い出さなくて。
美味しいね美味しいね、っていつものように食べてたんですよ。
子供心に、何か物足りないなって思ったんですけど、言い出さなくてね。
そしたら、鍋の最後に、母親が白飯のおにぎりを握ってきまして。
いつもはそんなの出してこないのに、今夜はどうしたんだろう?と思いまして。
それでもおにぎりにかぶりつくと、
!!!!
しょっぱい!!!
いつもうちの母親が握るおにぎりよりも、塩っけが強かったんです。
なんだこれは!?
なんて思ってたら、母親がこう言ったんですよ。
『いつも鍋に入ってる塩の分、おにぎりに使ってみたよ』
『同じ量なのに、美味しくないと思ったでしょ?』
今思えば、母親なりに何かを教えたかったんだと思いますが、
その頃の生意気なガキは、塩辛いおにぎりを出された事に立腹しそうでしたが、
父親のが一枚上手でした。
『じゃあ、これを鍋に入れて雑炊にすれば丁度いいな』
それを聞いた母親が、笑顔で皿に残っているおにぎり全て、鍋の中に入れていきました。
何も当たり前の事じゃない。
当たり前じゃないから、感謝しないといけない事もたくさんある。
それを忘れずにいかなきゃね。
今年の冬も、寒くなるのかなぁ♪

