サッカーと漁師と力学 | 勇気づけの嵐c6217139-08

勇気づけの嵐c6217139-08

ブログの説明を入力します。

勇気づけの嵐

 

e0295037_15092033.jpg

 

ベストセラー書「嫌われる勇気」で大ブレークを果たしたアドラー心理学では、困難を克服する活力を与える「勇気づけ」をとても大切なものと考えています。


本ブログは、夫婦関係、子育て等の困難から救われた自らの経験を活かす為、幸福を目指すこの心理学の案内役となり、各種ワークショップやカウンセリング等への橋渡しができればとの思いでスタートしました。

また、勇気づいた人の象徴的存在である嵐の活動、旅や趣味の世界等についても合わせて綴っていますので、同好の方にお楽しみ頂けたらと思います。

巻き起こせ!

 

勇気づけの嵐。

 

 

<重要なお知らせ>

 

【記事再掲載のご案内】

 

本ブログに移行して来る前の記事を現在時刻で再掲載したところ、多くの方にご覧頂き好評でした。

 

そこで、最初に戻って再々投稿して行きたいと思います。

 

既にご覧頂いている方々には、はなはだくどい事になってしまいますが、続けてすぐに新規の記事を投稿しますので、少々お待ち頂けると有難いです。

 

その際、本記事はオリジナル日付2018年7月10日に変更しこちらの記事一覧に加わって行く事になります。

 

 

<日替わり記事>

 

【サッカー雑感・2】

 

ベルギー戦で惜敗したものの、随分楽しませて頂いたW杯ロシア大会でした。

 

負荷の大きすぎるトレーニングやベースキャンプ地からの移動については、ブラジル大会の失敗が活かせた様ですね。

 


<シリーズ・自由研究ノート>

 

 

【お断り】

 

本シリーズでは、今までのキーワードシリーズと異なり極私的見解が多く含まれて来ますし、にわか学習による誤認もあり得ます。

 

なので、アドラー心理学についても触れている、色メガネを通して書いたエッセイとお読み取り頂ければ有難いと思う次第です。

 

 

【勇気づけの嵐・10】

 

4)Ready To Fly/詩:ma-saya ’06.7

 

・「何かに怯えて生きている。夢の中にまで心配だらけの毎日抱え込んでる君。僕らは未来の為に生きてるんじゃない。今だけの大事なものってある筈。」

 

アドラーの高弟であるドライカースは「過剰な不安を抱いた人は誰でも、自身を責め立て、勇気をくじき、挫折に導きがちです。と言うのも、その不安は大抵の場合、個人が持つ望みや願望の達成に対して悲観的な見解をもたらすからです。」と述べました。

 

1)でも少し触れましたが、勇気を持って困難に立ち向かう時、心配に費やすエネルギーは勿体ないです。

 

今何ができるかだけを考え、できるだけの事をする。

 

どうしても力の及ばない事については、天に委ねるしかありません。

 

時を待つことも大事で、そうすると未来が開けて来ます。

 

世界は危険なものであると言うネガティブな信念を変え、世界を信頼できる様にして行きます。

 

ヒューマンギルドの岩井俊憲先生の著書「心の雨の日の過ごし方」には、「心の暴風雨の時には、SOSを発信し専門家の力を借りるか、人間を越えるより大きな存在に身を委ねるしか方法がない」と説かれています。

 

ご自身の人生のどん底で、仕事、家族、財産という3つの大事なものを一度に失った時、断捨離にも通じそうな「放てば手に満てり」と言う禅の教えに出会い、執着を解いて手放すと満ち足りた世界が見えてくる。

 

後は浮かび上がるしかないと勇気づけられ、以来仏教に傾倒されていますが、これも拡大された共同体感覚に通じるものがありますね。

 

仏、自己、他者を信頼されて乗り越えられたのです。

 

同著書にはまた、プロテスタント神学者・牧師ラインホールド・ニーバーの平静の祈りが引用されていますので、ここでご紹介します。

 

「神よ、私にお与え下さい。変える事のできないものを受け入れる平静な心を。変える事のできるものは変える勇気を。そしてそれらを見分ける知恵を。」

 

さらに、日本人にとって馴染み深い「人事を尽くして天命を待つ。」と言うことわざも引用されています。

 

変えられない事を試練として受け入れ、変えられる事を見極めた上で、自己決定して共同体の為に関心を向け、できる範囲で貢献していく事が、極限状態を生き抜く知恵ですね。

 

他力救済は、回避の為の隠れ蓑ではなく、極限困難を生き抜く為に必要なもの。

 

自力で困難を克服すると同時に、冷静に時を待つ他力救済的な考え方、両方必要なのですね。

 

これは、原因や運命に振り回されるのではなく、それらを受入れ、時には待つという自己決定をする事になります。

 

(続く)

 

 

【アドラー心理学と信仰・愛について(対神関係論)・10】

 

前回までに書いた二つの非建設的な劣等克服に共通している事として、関心がほとんど他の人の利益や幸福に向けられていないと言う事があります。

 

共感、共同体感覚が欠乏しているこの点に、特に注目して頂きたいと思います。

 

こういった非建設的なやり方とは反対に、逃げないで、しかも謙虚さと愛を持ってという事で、核心となる、横並びで貢献すると言う共同体感覚に向かって劣等克服すべきという考えが、アドラーによって導かれていて、信仰とも深い関わりがある事が分かりますね。

 

優越性の追及には、正しい方向と誤った方向があると、アドラー自身も後に論じています。

 

「共同体感覚に向かう力への意志」というのが幸福への切符です。

 

ここで、今まで述べた劣等克服についてまとめておきます。

 

ただ、人の性格、ライフスタイルは十人十色。

 

分類整理しておけば安心との姿勢に警鐘を鳴らしているアドラー心理学である事は度々書いています。

 

なので、下記の様な分類は、あくまで理解を助ける手段にとどめておくべきでしょう。

 

 

共同体感覚高く活動的 : 有用な人             

 

共同体感覚低く活動的 : 支配的な人・ゲッティングタイプの人            

 

共同体感覚低く非活動的 : 回避的な人

 

 

さて、他にもアドラー思想には、戒律より愛を重視する、新約聖書の教えと相通じるところが多く有ります。

 

「アドラーの思い出」と言う著書にあったエピソードですが、カトリックの医師や聖職者向け講演の後、「共同体感覚等の諸原理は、キリスト教の信仰教義の一部であって、何も新しくない」との意見が出ましたが、これに対し、穏やかに謙虚に「これは自分が頂いた中で最大の賛辞です。」と答えています。

 

アドラーの行っている研究は、疑いもなく人間愛の伝統を継承しているからです。

 

社会主義に失望するまでは、その仲間との親交が厚かった為、共同体感覚は単なる社会適応だと誤解される事も多いですが、アドラーは最初から共同体が小さな社会ではなく、全人類的なもの、さらには「到達できない理想」と言ってます。

 

ただ、これは前にも書いた様に、何も全人類的な貢献が必要という意味ではなく、マザー・テレサが言う様に、身近なところで相手の利益を考えて尽くせば、自然に拡大していくと考えています。

 

また、ある社会の通念だけにこだわる危険を警戒すると共に、信仰とのつながりを重視しているものと思われます。

 

心を扱う学問には、科学的技法に信仰が加わらないと、使えるものにならないと言う事でしょうか。

 

(続く)

 

 

<アメブロ過去記事の復刻>

 

さて前にも簡単に触れていますが、嵐・大野さんのラジオ番組「サトラジ」の一言に再度登場して頂きます。

 

「エキスパートとは、ごく限られた分野でありとあらゆる間違いを全て経験した人物である。」

 

あのノーベル物理学賞、ニールス・ボーアさんの言葉です。

 

ボーアさんと言えば兄弟とも大学時代はサッカー選手で、後に数学者の弟さんはオリンピック銀メダリストになりましたが、兄さんの方はミクロのボールを追っかける事になります。

 

量子力学ですね。

 

ミクロの世界に於いて、「観測者が観測対象に影響を与えないで観測を行うことは不可能である」ことを示し、科学の世界における常識「原因が結果を生む」という因果律に風穴を開けてしまった人です。


業績の一つですが、波の性質をしている間には確率的な存在で、AかBかどちらの箱に有るか判らない電子が、箱を観測した瞬間に粒になるので、どちらに有るかが明らかになると言う、人間の意思が状態を決める「波の収縮理論」が面白いですね。

 

人の行為が、光や電子を波にしたり粒にしたりとのものすごい発見です。 

 

100%受け入れられなかったアインシュタインは、汎神論者なので「神はサイコロを振らない」と決定論で反発しましたが、ボーアは「アインシュタインよ、神が何をなさるかなど、注文をつけるべきではない。」ですって。

 

このゲームの軍配は?

 

アインシュタインは最後までボーアの理論に反証できなかったそうです。

 

これらの量子論って、本ブログで何度も書いているアドラー心理学の考え、原因論より目的論。

 

つまり、人の言動は原因に突き動かされると言うより、目的に向かってなされると言う理論にも相通じる様な気がして、すごく親近感を覚えます。

 

やはり「サトラジ」関連の本ブログにも登場した言葉ですが、「配られたカード」(決定論、原因論、運命論、他力、素材)は認めた上で、「どう切るか」(自由意志、目的論、実存主義、自力、使用)を教えてくれるのがアドラー心理学です。

 

更に科学と宗教について述べたボーアさんの言葉を掲げておきましょう。

 

「(ボーア)…最後に、神の干渉について語るときには、明らかに出来事の自然科学的な制約が云々されずに、それを他の出来事、あるいは人間の考えと結びつける感覚的関連について語られているのだ。

この感覚的関連も、自然科学的な因果関係と全く同様に真実に属しているのだ。

そして、それを完全に真実の主観の側のものに勘定してしまうことは、おそらく簡略を望むにしても、あまりにも乱暴であろう。

しかしここでも、自然科学における諸現象のアナロジーから学ぶことができる。

よく知られているように、生物学的な関係というものが存在する。

われわれはその本質を因果的にではなく合目的的に、すなわちその目標に合わせて記述する。

一例として生物の傷口の治癒過程というものを考えてみればよい。

合目的的な説明というのは、よく知られた物理化学的、あるいは原子物理学的法則による記述と典型的な相補関係にある。

すなわち、一方では、その過程が、望まれた目標である生物の正常な状態の再生に通じているかを、また他方では、分子的現象の因果的な推移を問題にしているのだ。

両方の記述方法は互いに排除し合うが、しかしそれらは必ずしも矛盾してはいない。

生きた生物の中で、死んだ物質の中におけるのと全く同様に、量子力学がその正しさを証明することを仮定してよいようなすべての理由をわれわれは持っている。

それにも関わらず合目的的な記述は全く正しい。

われわれが今までより以上に細心に考えねばならぬことを、原子物理学の発展が端的に教えてくれているものと思う。」

 

傷口が自然治癒するのはその目的に適った働きであり、原因論だけで説明ができませんね。

 

偉大な物理学者の神への思いも伝わって来ます。

 

さて、冒頭の「サッカー雑感・2」や「サトラジ」の一言「エキスパートとは、ごく限られた分野でありとあらゆる間違いを全て経験した人物である。」に戻りますが、サッカー選手だったボーアさんは、人の意志の大きさの発見と言う偉業を成し遂げたにも関わらず、残した言葉から、人の不完全さとその克服についても良く分かっていた事が伝わって来ます。

 

大野さんはそのラジオ番組で、漁師でもある釣船の船長さんの例えを話していました。

 

船を出す出さないの判断が、失敗からできる様になったと言う話。

 

安全面を考えると、ちょっと心配な事例ではありますが、この名言にはよく適った好例です。

 

アドラー流の子育てでも、安全上の問題がある場合や相談を受けた様な場合を除いて、子供さんには結末から学んでもらい自立を目指します。

 

親としては、先回りして細かく口出ししたい誘惑を克服する様に努めます。

 

自分も間違いから大いに学びました。

 

エキスパートまでは行けてませんが、これらの子供に対する口出しの失敗等をアドラー流に転換した事が、いじめでくじかれた娘を元気にする事に繋がって来ています。

 

正に、感謝感激雨アドラーです。

 

その後、大野さんは船舶免許を取得。

 

操縦中の船上から「漁師になりたい」との言葉が。

 

漁師力学です。

 

 

<オリエント急行の旅・10>

 

乗務員さんからお返し頂いたパスポートを見せつつゲートを通り、フェリーでドーバー越えです。

 

ポンニチ隠れ庶民の悲しさ、特別室がどうも落ち着かないので、甲板に出て海を眺めたりしている内にフォークストン着。

 

ここからは、寝台車は付きませんが、ブリティッシュ・プルマンと言う、やはり豪華客車。

e0295037_09343070.jpg

 

アフタヌーン・ティーで、おいしいサンドイッチを頂きながら快走です。

 

牧草地帯と羊がイギリスを感じさせます。

 

すれ違う列車が目立つ様になると、ピンクフロイドの「アニマルズ」アルバムジャケットで有名な発電所が見え、終着ロンドン・ビクトリア駅に到着です。

e0295037_16281495.jpg

 

長距離列車の旅を終え、久々?に最初に泊まったホテルの部屋に戻って来ました。

 

翌日は、地下鉄や、二階バスを駆使して、ハイドパーク、マダムタッソー等、自主観光を楽しみました。

 

ハロッズ、シンプソン、マクド、新聞売り場の高飛車な従業員には驚きましたが、郷に入ってはですね。

 

バスは、名古屋にある様な途中止まりのに乗ってしまい、狭い路地で降ろされ焦ったりしましたが、乗り継ぎの為の停留所探しも結構面白かったです。

 

世界最古のロンドン・ズーは良い息抜きになりました。

e0295037_09341408.jpg

 

最近、50周年記念のローリングストーンズが初舞台の場所として訪れ、また当時、後釜として入ったクラプトン在籍時代ヤードバーズのライブ録音もあったのがマーキークラブ。

e0295037_16370792.jpg

 

ここも訪ねて外から見てみましたが、やはり引っ越し後の場所だった様です。

 

勿論、地下鉄のチューブもサーフェイスも充分堪能しました。

e0295037_16364296.jpg

 

サークル線で一周してみましたが、シャーロックホームズの「ブルースパーティントン設計書」で死体が屋根に乗せられるのも成る程ですね。

 

そう、掘り割り区間が多いので、開通当初走っていたSLの煙が舞っても、さほど困らなかったのが分かります。

 

さて、いよいよ最後のドタバタです。

 

帰る前日に、飛行機の席がないので無償で一日延泊して欲しいだと!

 

オーバーブッキング対応でたまにある話らしいですが、無理くり有休を取った身。

 

猛烈に交渉した結果.....

 

オリエント急行からのプレゼントか?、それとも往きの牛肉事件のお詫びか?

 

ビジネスクラスにもぐりこませて頂きました。

 

ゆったり席・豪華機内食で帰国の途に付きました。

 

これで鉄好きが高じての冒険旅記を終わります。

 

さてワタシゴトですが、初の海外体験はシゴトがらみでした。

 

次回から、テツゴト主体で恐縮ですが、調子こいて新シリーズに行けたらと思っています。


(完)

 

 

<鉄道動画集>

 

YOU TUBE「スヌーピー1」からご覧下さい。

 

(続く)