2021年5月13日 22度 湿度60%

当たり前の事は無い

 

私自身 前はありがたいなぁ,,, とか

感謝出来ていた事なのに 

気持ちが薄れてきてしまう経験があります。

 

だけども 大事なんです

幸せに生きる上で 有難みを感じる事は、

 

恵まれている幸せに気付かずに

手に有る幸せを 当たり前の事だと思っている

 

この状態が続いている時に

何か問題が起きると 大きな試練となって

苦しい経験を強いられる事に成るんです。

 

●家があるのは「当たり前」
●食べるものがあるのは「当たり前」
●体が動くのは「当たり前」
●時間通りにバスや電車が来るのは「当たり前」
●毎日無事でいることも「当たり前」
●地球が存在しているのも「当たり前」
●生きていることも「当たり前」と思う

 

 

 

いいえ

多くの人の助けや支えのお陰です。

あるいは、目に見えない神と言われるエネルギーや

宇宙意識の奇跡によるものです。

 

 

不平不満、

理不尽なめに会ったら怒りも起こるし

それでも 「我慢すべきだよね」とか

「ありがとうって 感謝すべきだよね?」

私達、恵まれた 日本にいるんだから、って

 

言いたいわけではないです

 

だって 嘆きたくなる出来事て 起こるもん。

それに一生懸命 生きてるもん。

 

 

 

 

 

だけど 今手に入っている幸せに

「当たり前」って思っている

自分に気付かずにいる時に

 

試練となって 大きくのしかかってくるんだなと、

 

 

 

 

 

こんな時 着眼するのが

今 有る事に気付く。

 

●寝れるところが有る

●暖かい布団で寝れる

●水が飲める

●歩くことが出来る

●呼吸が出来る

●太陽が照らしてくれる

 

 

 

 

 

「この試練がなければな、」とか

「毎日が 何事もなく のほほんと過ぎてくれれば」 って

思うんですけども

 

でも、実はね、

私の感覚では それらに囲まれすぎてしまうと

それが 長く続き過ぎてしまうと

 

今ある恵まれてるって 意識が

段々 当たり前って 方に傾いちゃうんだよね。

 

 

 

 

で、当たり前って 方に成れば成るほど

段々 小さな有り難い事に 感謝出来ず

目に入らなくなって スルーしてしまう。

 

「無感覚」 に成ってしまう。

 

 

 

そして 「有る」って事が当たり前になってしまったとき

そのモードで 生きている時に

何か不測の事態が起きると

 

「あれもない、これもない、うまくいってない」って

足りない事への不平不満意識に成ってしまう。

 

 

 

 

その結果、怒り、不安、妬み、憎しみ、の感情が

芽生えてしまう。

人生を嘆くように成ってしまう。

 

「当たり前」に成ってくると

感謝も無く成り、

感動もなく成ります、

 

色んな出来事が 普通に成ってしまうんです。

そして それが続くと 退屈に成ってくる

 

「まだ、あれが手に入っていない」って考えに成ります

何か 刺激が欲しく成る

こんな風に 不足の事ばかり 気が向いてしまう

 

良い言い方すれば、

ハングリー精神?

手に入れている人をうらやむ様な

 

 

 

 

 

その結果 

周りや、人にも、自分にも

感謝が無いので、心が枯渇します。

病気や ストレスで倒れたりします、

 

周囲にも 感謝が出来ない人達が集まって来ます

「どうして私の周りには嫌な人ばかり、、」

 

 

 

当然そういう人達からは嫌な事ばかり貰います。

嫌な事ばかり起こり始めます。

 

貴方の その「つらいよ~!!」って

振動数がさらに 辛い現象を引き付け

共振する振動数の世界を作り始めます

 

 

 

試練に 意義が有るとしたら

辛い事に意義があるとしたら

私達の 意識が変わる事

 

 

この世界は 一人一人の意識で出来ています

どうせなら 幸せを沢山感じられる人達の意識で

共感できる世界が出来ればいいな~って思ってます。

 

感謝 喜び 楽しみ 共感出来たらいいよね~、

 

 

 

 

 

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