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Chiのダイエット日記

ブログの説明を入力します。日々のダイエット記録

私の母は、看護師だった。当時は、病棟それぞれの師長もやっていた。母の親友は、その病院の総師長だった。母は今は、その病院の系列の老健施設で働いている。そこでもやはりトップ?リーダー?まぁなんかそういう立場の人を務めていた。

定年を迎え、一度退職して1年はブラブラするんだから口笛って張り切っていたが、結局、暇に耐えきれず1年も休む前に復職した爆笑

子供のころ、私は、母のことを看護師って冷たいえー私は絶対に大人になっても看護師にはならないプンプンって思ってた。

風邪を引いても、「んなもん寝ときゃ治るわよ!さっさとご飯を食べて風呂入って寝なさい。食欲あるんでしょ?お粥なんか作んないわよ!食器洗いはあなたの仕事なんだからちゃんとやりなさいよ!その程度のことで病院来られても迷惑なのよ。3日経っても良くならないなら一回病院来なさい。」

ちょっとケガとかして手当てしてもらうにしても「お母さん痛くないもん」て優しくそーっとなんてするわけもなく。

そして、お母さんやっと帰ってきたおねがいわーい!お腹空いた!早くご飯キラキラって思ってても、お母さんはまずお風呂に入るショボーンしかもご機嫌で歌も歌ってるムキー

こんなんだから、看護師は冷たいムキーって思ってたんだけど、こーやって育ててもらったお陰で、私には病気やケガをするメリットは一切無く、ただ自分がしんどかったり不自由な思いをするだけのものでしかなく、超健康で頑丈に育って毎日元気に働くことができる大人に成長した。

毎日元気に仕事出来なかったら超つまらん。

そして、早くご飯を作ってもらえなかったことは、小学校3年生くらいから料理を覚える良いキッカケになっていたんだと思う。お陰で、オシャレなカフェで出てくるようなオシャレなご飯は作れないものの、冷蔵庫のあり合わせの材料で色々作れるし、食べたことがあるものは何となくのカンで大体同じような物は作れるし、砂糖の代わりにアレを使おう!とかのアレンジも出来る。

お陰で何人ものメンズたちの胃袋もガッチリ掴んできた爆笑

それは冗談としても、生きていくのに困らないように育った。

当時、母に、「なんでお母さんは早くご飯作ってくんないの?なんでのんきにお風呂で歌なんか歌ってんの?」って文句を言ったことがあるような気がする滝汗

そしたら、今、感染力の強い病気の人がいる病棟の担当だから、病院出る前に色々やってきても、家族にうつったらって思うとやだから、気持ち悪いからまずお風呂に入ってキレイになってからじゃなきゃご飯なんか作れないわよ。ってそんなようなことを言われたと思うんだけど。

その頃の私は、そう言ってるお母さんの家族に対する責任とか、愛情とか、まったく理解出来てなかった。いーから早くご飯ムキーお腹空いたムキーお母さんはなんて自分勝手なんだ!私たちのこと大事じゃないんだ!ムキームキームキーって思ってたゲロー

ごめんなさいえーん

そして、お母さんは仕事は出来るけど、奥さんとしてはダメだ。だからお父さんの仕事が上手くいかないんだ!とか、すごく責める気持ちが強かったんだけど。

最前線のトップをいつも突っ走ってたら少しは休む場所も欲しいよね。

人って、自分にとって都合悪いことばっかよく覚えてるでしょ。あの時あーしてくれなかったじゃんムキーとか。いつも〇〇だった!とか。すっごい小さいことをこの世の終わりくらいに思ってて 笑

それってホント?

ホントは?よーく思い出してみて。

どんなに忙しくても運動会なんかの行事には張り切っていつもより豪華版のお弁当作ってくれて、家族総出で応援きてくれて。

授業参観の日は誰よりもオシャレしてきてて。chiちゃんのお母さん、若くてキレイラブカッコいいキラキラって言われるのが嬉しくて。

お母さんが一緒に出かけられない時は、お母さんの部下のナースたちがあちこち連れて行ってくれたり遊んでくれたり。

誕生日もクリスマスも雛祭りもいつも全力。

そして何より、バリバリ働いてトップに立つ母と母の親友は自信に満ち溢れててカッコ良くて、流行りのメイクに服や靴👠めちゃくちゃ女も楽しんでた。煌めいてた。

そんな母たちが憧れで、自慢で大好きだった。こんなオトナになりたいって思ってたんだった。

今でも母は、ホントは生もの大好きなんだけど、今日は生ガキやめとこう。とか、プロ意識の高い人。

そして今でも若々しくキレイな自慢のお母さんですおねがい