午後の光が静かに差し込む中、ひかりは一人の青年と向き合っていた。
青年は椅子に腰を下ろすと同時に、強い口調で言った。
「朝鮮人って言うのは、差別なんですよ!」
ひかりは驚かなかった。
むしろ、その言葉の奥にある“揺れ”のようなものを感じ取っていた。
彼女は少しだけ首をかしげ、穏やかに問い返した。
「ねえ、“朝鮮人”って言われると、どうしてそんなに胸が痛むのかな」
青年は一瞬、言葉を失った。
ひかりは続ける。
「私ね、“日本人ですか”って聞かれたら“日本人です”って答えるよ。
あなたが“朝鮮人”と言われた時に感じる痛みは、言葉そのものじゃなくて、もっと深いところにある気がするの」
青年は視線を落とした。
その沈黙は、怒りではなく、戸惑いだった。
ひかりは、青年の“心の痛点”にそっと触れた
「差別」という言葉は、時に“盾”のように使われる。
ひかりはそれを知っていた。
人は、自分の出自や立場に不安があるとき、外側の言葉に過敏になる。
「朝鮮人と言われた」
という事実そのものではなく、
その言葉が触れてしまう“心の痛点”が問題なのだ。
ひかりは青年の目を見て、静かに言った。
「あなたが本当に怖いのはね、“差別されること”じゃなくて、
“自分の出自をどう受け止めていいか分からないこと”なんじゃないかな」
青年の肩が、わずかに震えた。
「差別」という言葉は、時に“自分を守るための檻”になる
青年はしばらく黙っていた。
やがて、ぽつりとつぶやいた。
「……自分でも、よく分からないんです」
ひかりはうなずいた。
「うん。
分からないままでいると、“差別だ”って言葉が便利な盾になっちゃうんだよね。
でもね、その盾は同時に……あなた自身を閉じ込める檻にもなるの」
青年は顔を上げた。
その目には、怒りではなく、“理解されたい”という静かな願いが宿っていた。
自虐史観は、歴史の問題ではなく“心の問題”
ひかりは、ゆっくりと言葉を選んだ。
「あなたが“日本は悪い”って言うとき……
それは歴史を語っているんじゃなくて、
“自分は悪くない”って言いたいだけなんだと思う」
青年は息をのんだ。
「だってね、歴史の話をしているようでいて、
本当は“自分の痛み”を外に向けているだけなんだよ」
ひかりの声は、責めるでもなく、慰めるでもない。
ただ、真実を静かに置くような声だった。
触れられたくない場所に触れられたとき、人は沈黙する
青年は、しばらく何も言わなかった。
ひかりは、その沈黙を尊重した。
沈黙は逃げではない。
心が、自分の痛みに触れた証拠だから。
やがて青年は、小さくつぶやいた。
「……僕、ずっと怖かったんです。
自分が何者なのか、分からなくて」
ひかりは微笑んだ。
「うん。
自分がどこで傷ついているのか分かるようになるとね、
もう“差別だ!”って叫ばなくても、
自分の気持ちをちゃんと守れるようになるんだよ」
青年は静かにうなずいた。
その表情は、来たときよりも少しだけ柔らかくなっていた
