ネットには「ブラック企業リスト」があふれている。
あまりにも暇を持て余して島根県のブラック企業を検索してみた。
まぁ、、あまりあてにならないなと感じた。
なにせ掲載されているのは地元じゃ有名企業ばかり。
しかも若い人が就職したがる職場だ。
なぜこれがあてにならないか?
それは、中高齢の労働者の意見は反映されていないからだ。
ネットやスマートフォンに自然に触れることが出来る世代のみの意見で構成されている。
これは偏っている。
中高齢の労働者の中にはブラック企業と言う名称も知らないし、その情報を見たり提供したりするスキルが無い人が大半だからだ。
その上、そのスキルがあったとしても情報をいちいち提供する人も少ないしね。
ニュースやネットで見かけるのはホンの氷山の一角。
ブラック企業なんてここらじゃそこらじゅうに溢れている。
そこには全国チェーンの大企業もあるし、地元の中小企業から零細企業まで様々だ。
友人は反省文を出させられたり、露骨な嫌がらせにあったりしている。
いろいろ話を聞いてみるに、ブラック企業と思われる企業に勤めている人の「上司」と言われる人は自分たちがブラックなことをしているという自覚が全くない。
会社のことは考えるが人のことは考えない。
キーワードがある。
「人と人のつながりを大事にする」 とか、
「地域に愛されて」 とか、
「夢」 とか、
「絆」 とか、
「笑顔がどうこう・・」 とか、、、、
看板負け、評判負けの会社は危険信号。
世界で自分の国名に民主主義やら民主やら人民やらをわざわざつけないといけない国がたくさんあるのと同じことだ。
そういった「良さそうな看板」をつけないといけないのには何か事情があるからに相違ないと感じてしまう。
こういった「良さそうな看板」というのは
企業が目指したいことであって、現状を表すものではない。
社員たちは給料と生活のために会社に通う。
経営者は社員が会社のために頑張っていると勘違いする。
「少々厳しいことを言ってもがんばるだろう、辞めないだろう」
あるいは、
「社員の幸せが自分の幸せ」やら「いい社員に囲まれて幸せです」やら、、
自分で自分を洗脳し始めるともうアウト。。
こうなると、今度は社員も同様に考えていると思い込んで、自分の考えをメールでメルマガのごとく送りつけてきたり、動画や映像で訳の分からない哲学やら宗教じみたことを言って聞かせて感想を書かせたり言わせたりする。
社員は逆らったり、違う意見や考えを述べると後がめんどくさいし、冷遇されるのが嫌だから場の雰囲気を壊さないように気を使いながら返事をする。
でもこういうことは経営者はほとんど気付かない。社員が気付かせない。
ブラック企業というのはその企業を取り巻く社員が作っているというのも現実的な側面だろうな。
それでも、働き口を失うのは困る。
だからレールに乗っかるふりをし続ける。
この負のループがある限り、
ブラック企業はこの世からなくならない。